目的の扉を叩く。

 いつもなら素早く気がつき、顔を出す侍女が出てこなかった。

 もう一度、繰り返す。


 何の反応も無い事にシビレを切らし「入るぞ!」とだけ怒鳴り、扉を開けた。

 そよと風が頬を撫ぜ掠めて通り抜ける。

 それと同時に心地よく娘の声が、耳をくすぐる。

 今まで聞いた事のない、明るく澄んだ笑い声だった。


「おいで、おいで」


 くすくすと笑いながら、娘はバルコニーで身を乗り出して小鳥たちと戯れていた。

 パンくずでも撒いてやったのか。

 小鳥はざっと見ただけでも、十羽以上集まっていた。

 皆揃って娘に向って赤い舌をのぞかせていた。

 カルヴィナの肩に乗り、手に乗り、バルコニーで羽根を休めて見上げている。

 皆、同じ種類の小鳥で確か名はシュリトゥーゼルと呼ばれる。

 翠と藍の色彩の小さな宝石のような羽毛に、つぶらな黒曜石のような瞳が可愛らしい。

 身体と同じくらいに長い尾羽根は光る濃紺で、貴重な装飾にと使われる。



 ましてや人に慣れる事は無いとされている、幸運の小鳥とも呼ばれるものだった。


 ピィヨ、ピィィヨ、ピヨロロロロ―――!


「あのね、伝えてくれる? 森の愛しいあの方に。お会いしたいですって」


 娘が頬を薄っすらと染めてそう囁き、小鳥に想いを託していた。

 それに応えるかのように、小鳥たちはいっせいに囀(さえず)る。


 カルヴィナの笑い声がそれに合わさる。

 バタンっと、大きな音を立てて扉を閉めていた。


 ピィイイイイイ――――!!


 一際、甲高い警戒音を発しながら小鳥たちがいっせいに飛び立った。


 光に弾かれるようにその身体を羽ばたかせ、飛び去って行った。


 幾枚かの羽毛も舞い飛ぶ。

 ようやく娘の注意がこちらに向いた事に安堵すると同時に湧き上がるのは、何とも苦い思い。

 驚きから見開かれた瞳に光るのは涙の雫。

 こちらを見てから、飛び立ってしまった小鳥の行方を追っている。

 すでに小鳥の影は無い。

 カルヴィナの髪が風に吹かれて、ふわりと舞った。

 そのか細い後姿をただ見つめる。

「カルヴィナ」

「……。」

 名を呼ばれ、諦めたようにこちらを向いた魔女の娘は振り向いた。

 涙を必死で堪えながら、悔しそうに俺を見た。

 唇がわなないている。