やはり彼は威厳がある。

 それはこちらが萎縮してしまうには充分で、いつも恐れ多く感じてしまう。

 思わず指先に力がこもってしまった。

 地主様がちらりとこちらを見る。


 ―――目が合った。


 コツ、コツと刻まれていた靴音が、それと同時に止んだ。


 不思議と逸らす事が出来なかった。

 こんなにも間近で彼の瞳に射すくめられてしまっては、身動きも取れないというのもある。

 彼の切れ長の瞳は深い湖の色のはずだ。

 でも今は夜の闇にあるから、私の瞳と大差なく見える。

 だから安心して不躾に眺めても、許される気がした。


「……カルヴィナ。男をそのそのような表情(かお)で見るものではない」


 長い沈黙の後、先に視線を逸らされたのは地主様の方だった。

 重苦しいため息と共に呟かれた言葉に我に返った。

 やはり不躾だったのだ。

 弾かれたように身体を許される分だけ離して、目蓋をぎゅっと閉じる。

 謝らなければ。

 そう思うのだが、麻痺してしまって言葉が出てこなかった。


「いや、違う。そういう意味合いでは無くてだな」

 彼らしくない、歯切れの悪い口調だった。

 何かを言い掛けて、そのまま沈黙される。

 ふっと彼の吐息が、閉じた目蓋を掠めた。



 それと同時に温かく柔らかな感触が押し当てられる。

 少しだけ肌をちくりと何かが掠めた。


 驚いてそっと目蓋を持ち上げると、彼の顎と頬が目に飛び込む。


「不用意に瞳を閉じてもいけない……。」


 そう呟かれる。


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 後は何事も無かったように、彼はまた歩き始めた。