夜明け前



「…どうしてそんなこと言うの。我慢なんてしてないよ。…誰かに、なにか言われたの?濡れてるし」


「……」


「そう、言われたの。…とりあえず家帰ろう?風邪引くから」


そう言っていつものように私の手を取ったさくが、驚いたように私を見つめた。


「しゅー、すごく熱いよ。いつから?」


「…朝から、咳が出てて…」


「…っなんで早く言わなかったの。ほら、おいで」


そう言ってしゃがんで背中を向けるさく。


「…いい、歩けるよ」


「なに遠慮してるの。いいから乗って。命令」


「……」


「…じゅー、きゅー、はーち、っと!…ふふ。ん、いい子。行くよ?」


「…うん。ありがと」


そう言ってさくの背中にキュッと抱き着いて顔をうずめたら、さくの臭いに気持ちが落ち着いた。


「しゅー、家帰ったら林檎剥いてあげるね」


「ん。ありがとう」


―風邪を引いて心細くて、さくに甘えるしかなかったから、さくが抱えている不安を気遣う余裕なんてなかった。