君がいるから



   * * *


「はぁはぁはぁ……」

 上半身を勢いよく起こしたと同時に、肩を使って荒々しく息を吸い込む。額から汗が顎へと流れていく。汗で頬に張り付いた髪、ワンピースの柔らかい布が肌に張り付き、全身が汗ばんでいることに気づく。ゆっくりと呼吸を整え、掌で顔を覆った。

(夢……ううん、違う。今も鮮明に耳に残る、あの楽しげに笑う人々の声は――)

 灰の空から降る赤い雨が頬に落ちた感触は、まるで本物の――。

「嫌ぁー!!」

 バンッっと、乱暴に扉が開け放たれた音がしたかと思うと、肩を強く掴まれる。

「あきな、どうした!! 何があった!?」

 顔を覆っていた掌を下ろし見上げた先に、眉間に皺を寄せた表情のアディルさんの姿があった。

「あ……アディルさん?」

「あぁ、そうだよ、あきな……。顔色が悪いしすごい汗だ、怖い夢でも見た?」

「すいません、驚かせて……しまっ――」

 続くはずだった言葉は切れ、目と鼻の先にアディルさんの端整な顔があって、掌が私の頬に触れて胸が高鳴る。それから、目元をアディルさんの親指がなで上げた。

「あっあの……アディルさん」

「汗が目に入りそうだったから」

 にっこり微笑んで、アディルさんの手が離れた。

「……ありがとうございます」

 手は離れてもまだ至近距離にアディルさんの顔はある。香ってくる甘さで酔いそうな感覚に、心臓の動きが加速してしまう。

(どうしてだか、いつもアディルさんと顔が近いような……。こんなのばっかりだったら心臓に悪い)

 はぁ~っと息を吐き出したら、おでこに掌を当てられた。

「あきな、大丈夫? 今度は顔が赤いけど、熱でもあるんじゃない?」

「っ!」

 心配そうに、私の顔を覗きこんでくるアディルさん。

「平気です!! 熱なんてないですし、元気ですから!!」

 更に距離を詰めて来ようとするアディルさんの胸板を、必死で両手で押し返す。

(お願いだから、これ以上近づかないで……心臓が壊れるっ)

「そ? その様子なら本当に平気なのかな。慣れない環境で疲れも溜まっているのかもしれないけど、これから一緒に来てほしいんだ」

「……何処へですか?」

 満面の笑みを浮かべるアディルさんが掌を差し出す姿に、首を傾げながらもそっと手を取った――。