* * *


 ――アディル

 懐かしく、優しい声音――俺を呼ぶ君の声がとても愛おしい。

 ――アディル

「――ん」

 ぼやけた視界に映るのは、薄暗く見慣れた天井。数回、瞬きを繰り返し、だるさからくる重く感じる自身を起き上がらせる。
 ――瞬間、微かな重みがさらりと落ちていく感覚に、そちらへ目を向けた。床にこぼれたタオルケットを拾い上げ、ソファーの背もたれに体を預け再び天井を仰ぎ、掌で顔を覆う。

「……夢、だったのか」

(懐かしい夢を見ていた気がする)

 ふと、掌を顔からどけ指先を動かし見る。どことなく、感触というか余韻が残る自身の掌。何故だか夢ではないような、そんな気がしてしまう。

 ――コンコンッ

 訪問を知らせる音に、未だに気怠い体を立ち上がらせ、隣りの部屋へ移動する。部屋と部屋とをつなぐ扉を抜けていくと、ふと目に入ったのはダイニングテーブルの横に置かれているカート。テーブルに並べられた料理が盛られた白色の皿。誰かが、寝ている間に持ってきたのだろうと察し、恐らく扉の向こうにいるのは、きっとこれを持ってきた人物だと思い浮かべた。
 扉を開くと、そこには思った通り――柔らかな笑みを浮かべる我が城の女中がいる。

「食器を下げに参りました」

 彼女の言葉に後ろを振り返り、あのテーブルへと視線を注ぐ。

「あぁ……折角来てくれたのに、申し訳ないんですけど。食べ終わったら、自分で片付けます」

 ――途端、目尻の皺が刻まれ小さく笑い声を漏らす様子に、首を傾げ問う。

「失礼をしました。お食事も忘れてあきな様とお話に夢中になっていたんですか? 私、お邪魔してしまいましたね」

「あきな?」

 何故、彼女はあきなの名を出し、微笑んでいるのか――再び首を傾げ見ていると、笑みを消しその代わりに目を丸くする姿に、俺の首は更に傾く。

「……ご一緒なんですよね、あきな様と」

「あきなはいませんよ?」

「え……? あの、実はあきな様にアディル様のお食事を届けて頂くようお願いを致しまして。それで、お2人でいらっしゃるのかと思っていたのですが」

「ちょっと、待って。あきなはここに来たの?」

「お食事が届けられているならば、この場へ来たということになります。私が直接受け渡しをしましたので」

 失礼します――と付け足し、部屋の奧へと入るジョアンさんの後を追う、ジョアンさんが行き着いた先は、ダイニングテーブル。

(あきながここへ来た? それなら何故、俺に声を掛けないで――)

「やはり、あきな様はいらっしゃったようですね。お気づきになられなかったのですか?」

「俺は隣の部屋のソファーで横になってて。あきなは俺がいないと思って置いて行ってくれたのかな」

 そう自身で口にしてみて、ふと疑問に思う。なら、食事をこのままに置いて出て行ったりはしないんじゃないか、持ち帰りジョアンさんにでも伝える筈――。