君がいるから



 私が全体的に乗ってしまっている状態ってかなり苦しいようにも思えるのに、気持ちよさそうに寝入っている表情に、抱き枕だと思われてるんだろうか――眉を下げる。

(この体勢は……正直私はきつい、な)

 そう時間は経ってはない筈なのに、静かな空間のせいでとても長い時間のようにより感じられる。気持ちよさそうに寝ているのを邪魔してしまうのは気が少し引けるけれど――からかわれるのを覚悟して、掌を目下の胸元で弾ませた。

「アディルさん、起きて下さい。アディルさん……」

 最初は小声で掛けるもピクリとも動くことはなく、何度も繰り返すうちに次第に声の音量が大きくなっていってるのが自分でも分かった。
 そうして幾度かで、んん――っと声を漏らし、瞼を震わせたのを目にする。

(起きた、かな)

「アディルさん? すいません、あのっ起きて下さい」

 軽く胸板を数回ポンポンっと掌を弾ませ呼びかけたら、薄く開かれた瞼の奥に紅い瞳が覗く。眠気が残る眼はうつらうつらとしていて、わずかに覗く紅い瞳がこちらに向けられた瞬間、トキリと胸が弾む。
 ――どのくらい、そうしていたんだろう。きっとほんの数秒間。


 寝ぼけたままのアディルさんを目にするのは初めての事で、その姿を見ることが出来て微かに頬が緩んでしまった。そうしたら、アディルさんの口端もまた上がっていく。そして、形の良い唇が薄く開かれ――。

「――――」

「え? 何ですか?」

 掠れて声にならない言葉に問いかけ、耳を澄ませてみる――途端、双腕がそれぞれ背と腰に回され強く抱き寄せられ、アディルさんの布越しでも伝わる逞しい胸板に頬がぴたりと付く。突然の事に、私は慌てて声を上げる。

「あの、あの、アディ――」

「――リ、ディ、ナ」

(え……何……)

「リディナ、本当はずっと、ずっと……君とこうしたかった」

 今度ははっきりと聞き取れてしまった言葉に、思考が停止する。

「ごめん。俺は……ずっと、君の、こ、と、を――」

 語尾が途切れたかと思えば、すぅすぅと寝息が聞こえ――きつく抱きしめていた腕は緩められ、私は勢いよく腕から抜け出す。彼が起きてしまうなんて――気遣いも忘れて。んんっ――と微かに漏れる声に弾かれるようにその場から離れ、隣の部屋へと駆け込んだ。