* * *
――あきな達が談話している同じ頃。
静けさが漂う一室に漆黒の髪を持つ1人の青年が、清潔な白のシーツの上で横たわる人物を見つめていた。
「…………」
骨が浮き出ている細く皺が年代を感じさせる白い腕には、未だ針と数本の管が痛々しくつながれたまま。そんな姿を、唯――ジンは、漆黒の瞳を向け続ける。その時、指先がわずかに反応するのを捉えた。
「ギルス!」
わずかな動きにジンは名を呼ぶ。すると、ジンの声に反応し瞼を小さく震わせた。
「ギルス、聞こえるか!? 俺の声が聞こえるか!?」
「…………」
「ギルス!」
再びジンが声を投げかけると、瞼は開かれずカサついた唇が弱々しく震え、わずかな掠れた声がジンの耳元に届く。
「何だ!? どうした、何を伝えたい」
「……っ……ぇ」
よく聞き取れない言葉に、ジンはギルスの口元に耳を寄せ、神経を集中させ瞼を閉じ耳を澄ませる。ギルスは何か訴えかけるようにゆっくりと言葉を紡ぐ――。
「おや、ジン様。いらしていたのですか」
銀のボウルに湯を入れ持ちやってきたシェヌ爺が、ジンの姿に不思議そうに首を傾けた。
「どうかなさったのですか?」
「…………」
「ジン様」
シェヌの声に反応を示さないジンと、そっと肩を並べた。そうして、ジンの顔を覗き込む。
「……ギルスが俺の声に反応を示した」
「それは! 真ですか!?」
「あぁ……だが、再び眠りについてしまったようだ」
ジンの言葉にシェヌはギルスの腕を取り、首筋などを触診しギルスの状態を確認する。
「徐々に安定してきておるの。また目を覚ますことがありそうじゃ。皆にも知らせねば」
「……そうか。そうだな」
ジンはそう言い放つと、ギルスに背を向け部屋の扉へと歩み始めた。
「ジン様」
シェヌはジンの様子に何かを感じ取ったのか、おもむろに声を掛けるとジンは背を向けたまま歩みを止める。
「シェヌ」
「はい、何でございましょうか」
「いや……何でもない。ギルスのこと頼んだぞ」
「御意」
ジンの背中を細めた視線で見送るシェヌ。口を噤んだジンが何を言おうとしていたのか、シェヌには知る由もない――。
ジンは通路へと出てしばらく歩みを止めずに靴音を鳴らす。だが、ふと音が止んだかと思えば、異様な音が辺りに響く渡った。
音の正体は、横方にある冷たく硬い壁にむかい拳を打ちつけたもの。その主は歯を食いしばり顔を歪ませ、悔しさ、悲しさを交えたような声音が微かに漏れた。



