「私の事は気にしないで」
自分の悩むことなんて、他人からしてみても些細な事。そんな些細なものでも、誰かの負担になってしまうのが嫌だ。視線を落とし、未だタオルに包まれた自身の手元を見て苦笑を漏らす。
「もう、本当に大丈夫。ありがとうね、ジン」
「……あぁ」
「お茶、淹れ直すね。飲んでから少し休んで?」
タオルの中から自身の手を引き抜き、ジンに背を向けて逃げるようにこの場から離れた。
数分経ち――ジンも洗面所から出てきて、先程と同じダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。濃くなってしまったお茶をもう一度手際が悪くも淹れ直し終え、ジンの前にカップを置く。お互いに口を開くことはなく、ジンがカップを手に取り口をつけるのを見つめる。
側で立ち続けるのは、気を落ち着かせられないかと思い、ジンの向かい側の席へ。未だ止まぬことのない雨音に窓外へ目を向ける。
しばらくして――カップが置かれる音が小さく鳴り、ふと前へと向き直る。そして、今までの静寂を断ち切ったのはジンだった。
「あきな」
「……ん?」
「茶、うまかった」
それだけ口にすると、席を立って扉へと足を向けるジン。
「俺はまた執務室に戻らねばならない。今夜はここに戻らないから、ベッドを使うといい」
「ありがとう。あまり無理しないでね……」
「あぁ」
微かに笑むジンが扉の握りに手を掛けた時――私の口は思わず開いていた。
「ジン、あのっ」
「何だ?」
「あぁ、えっえっと――がん」
「どうした」
「いっ、いってらっしゃい」
おずおず口から漏れた言葉。途中、頑張って――そう言い掛けたけれど、それを止めた。替わりに口にしたのは、普段から馴れ親しんでいたもの。少し恥ずかし気に、目を細めて口端を上げて。けれど、目を丸くして私を見るジンに不安がほんの少し生まれる。
「ごめんっ。変な事いっちゃ――」
「いや――それじゃ、行ってくる」
扉を開き部屋を出る間際、穏やかな笑みを浮かばせたジンの姿が暫くの間、頭から離れることはなかった。



