君がいるから



 硝子越しに部屋へと入ってきた人物の動きを目で追う。少し距離があり表情まで窺うことは出来ないけれど、目頭に指先を当てているのがうっすらと硝子に映り、私は口をキュッと結んで端を上げ振り返る。

「お疲れ様」

 この部屋の主である人物――ジンに労いの言葉を掛ける。私の存在に気づき小さく空返事をして、ソファーに腰を下ろし体を沈ませた。
 首を後方に倒して背凭れに預け、面は天井を仰いでいる状態のジンの傍に寄り、顔を伺い見る。顔色が少し青白いように感じ、体も気怠げにソファーに沈み込んでいるジン。

 ギルスの長さんのこと、騎士さんや街の人達に犠牲者が出たことも少なからず精神に圧し掛かっているんだろう。その事だけを気に止めることも出来ず、一国の主であるジンには私には分からないやるべきことがあるんだと思う。

 それなのに迷惑を掛けるばかりで、やれることがほんの一握りの事しか出来ない自分。ジンだけじゃなくて、アディルさんにもジョアンさん達にも――皆に守ってもらっているだけだ。

「どうした。そんな顔して」

「えっあっううん。お茶淹れようか? 温かいの口にした方が少しはリラックス出来ると思うよ」

「そうだな……それじゃ頼む」

「はい。ちょっと待ってて下さい」

 ダイニングテーブルへと小走りで寄り、以前ジョアンさんにちょっとだけ教えてもらった淹れ方を思い出しながらの手つきでお茶を準備。ジンの部屋には、一通りの物が揃っていてお茶用品もあり、メイドさん達が幾度となくこの場に訪れて、温かいものから冷たいものまで常に補充され置かれている。お茶に使うお湯もまた、常に温かいままだ。
 不慣れな手つきで準備していたら、カタンッと音が立ち見遣る。私の傍の椅子に座るジンの姿があった。

「ごめんね。ジョアンさんみたいに手際よく出来なくて」

「火傷しないように気をつけろよ」

「分かってる――あつっ!!」

 言われた直ぐそばから、ポットの注ぎ口からお湯が手の甲に跳ねてしまい、声を上げてしまう。

「ったく。すぐ冷水に」

「大丈夫、大丈夫これくらい――ってジン!?」

 そう口にして、何でもなかったように手の動きを再開させようとした時――腕を勢いよく引かれ驚いている間もなく、洗面台へと連れて行かれてしまった。