君がいるから



 床へ直に下ろしていた腰を上げ、今度は膝を立てて俯いているアッシュさんの顔を覗き見る。白灰は赤く染まり、時間が経ち血で固められた髪。それに触れようと手を伸ばした時――。

「お前はこうやって、アディルたちを取り入ったのか」

「……え?」

 宙に浮いた自分の手は驚きのあまり行き場を失い、アッシュさんから離れた言葉によって下方へ落ちていく。

「アディルだけでなく、王にもレイ様にも」

「アッシュさん……一体何を」

「お前の企みは分かってる。こんな事をしても無駄だ、俺には効かない」

(企みって……? もしかして、私が見返りを求めて手当てをしてるって……)

 途端、脳裏に過る――"あの出来事"に頭を振り消す。力なくあった両の掌を固く握る。

「この世界に来て、私は見返りを求めて行動したことはありません」

「……なら、何故ここにいる」

「何故って……あなたの怪我が心配だったからです」

 それは紛れもなく、誰に何と言われようとも私の本心。瞬間――アッシュさんが鼻で笑った。

「心配? それを俺が信じるとでも思うのか」

「心配してはいけませんか? それに私だけじゃありません、騎士さんだって!」

 少し怒気を含んだ声になってしまったことに気づき、自分を落ち着かせる。アッシュさんは未だに私を見ようとはしない。

「アッシュさんは……私が言ったこと一つも信じてはくれないんですね」

「異界から来ただの、見返りを求めていないことなど――何処にそんな証拠がある」

 証拠――そんなものない。

「……ないのに簡単にお前を信用しろと? 笑わせるな」

「私はあなたにとって、敵なんですか」

 まっすぐアッシュさんを見、返答は決まっていると思ったけれど、今問うてみたくなった。

「あぁ」

「……そうですか」

 力を込めていた拳を緩め、指を開いたのち白い箱に手を伸ばす。そして、再び消毒液を脱脂綿に含ませた。

「何をしている」

「額の傷の手当をします」

 ピンセットで脱脂綿を取り、アッシュさんの額へ近づけた途端――手を払いのけられ、拍子に脱脂綿が大理石の上に落ちた。それを拾おうと手を伸ばす。

「俺に見返りを求めても何もないぞ」

 私は聞こえないふりをし、もう一度同じ手順を踏む。けれど、再び払いのけられてしまう。