君がいるから



 ピンセットで消毒液を含ませた脱脂綿を掴み上げ、アッシュさんの手に自分の手を伸ばす。触れた指先はとても冷たく、肩が一瞬跳ねた。こんなにも冷えて、どれだけの時間雨に打たれていたんだろう。手の甲に残されている痛々しい傷口を見て、視線を逸らしたくなった。

「……消毒液をまずつけますね。沁みると思いますけど、少しだけ我慢して下さい。我慢出来ないよう、だったら言って下さい」

「…………」

 前置きをし、アッシュさんの手の甲の傷口に当てる。丸型の脱脂綿はすぐに赤く染まり、また新しい綿と取替え――それを何度も繰り返した。傷口の所々に土やごく小さな石、木屑のようなのまで付着し、それも丁寧に取り除く。一つの小さな灯りしかないこの空間で、取り残しがないように目を凝らしながら手を進めた。

「痛く……ありませんか?」

「…………」

「すみません、痛くないわけありませんよね。もう少しで終わりますからね」

 そっと、アッシュさんの顔を窺ってみても表情は変わりない。下から覗き見たアッシュさんの瞳は、私をいつも見下ろしてくる瞳の色と違う気がした。


 かちっこちっ――暗がりの部屋中に広がる時を刻む音。外では大粒の雫が窓にあたり、雫が落ちる強さを主張する。時折、レイが欠伸をする微かな声がする。

「血は止まったようですね。手はあと包帯を捲けば完了です。包帯がきつかったら言って下さい」

 なおも返答はないまま――ガーゼを傷口に当て包帯を手にする。シェヌお爺さんに教えてもらった通りに包帯を捲く。これまでの手順は、教えてもらった通りに出来たかどうか不安が多少は残る。時折、アッシュさんの指が微かに動くのが分かり、途中で手を止めた。

「――あの」

「……なんだ」

「包帯きつく捲きすぎてますか? もうちょっと緩めましょうか」

「…………」

「アッシュさん?」

「とっとと……終わらせろ」

 変わらず低く冷たい声音のアッシュさんの言葉に、小さく返えし作業を再開。ただ、時を刻む音と雨の音、風が硝子戸を揺らす音だけがする空間に緊張しっぱなしだ。鋏が布を切る音を鳴らし、道具を白い箱に戻す。

「これで手の部分は完了です」

「やっと終わり? とっとと出るぞ」

 私の言葉にすぐさま反応したのはレイで、肩を回しながら言う声は、私とは真逆で緊張感はなし。

「次は額の傷、見せてください」

 背中を見せて出て行こうとするレイとは反対に、私はアッシュさんへ幾度目かの声を掛ける。