――暗い空間。明かりもない部屋の中は、厚い雲に覆われているせいか、あの強い月明かりもあまり頼りにならず真っ暗。レイの部屋ならば、山積みにされた本に躓いているところかもしれない。
ゆっくりと歩みを進めていき、少しずつ暗闇に慣れてく視界の先に淡い明かりが。その明かりに誘われて進み、灯された部屋を恐る恐る覗き見た。
「やっと来たか」
「レイ……」
ランプに灯された火が淡く映し出すのは、寝台脇に立つレイの背中だった。レイは首だけを動かし、私に視線を送る。私は白い箱を両手でしっかりと持ち直し、レイの元へと歩み寄った。レイの背中越しに顔を覗かせると、そこには。
「ほらな。居留守だろ」
2人の視線を先――力なく首を前に垂らせ、両膝の上には肘を乗せだらりと両の手も力少ない、寝台に腰掛けるアッシュさんがいた。恐らくあのまま自室に帰ってきて、座り込んだままなんだろう。その証拠に、淡い光に照らされた姿は先ほどと何ら変わりなく、赤い血が混ざり合った滴が大理石の上に跡を残していた。
私はアッシュさんの前に移動し床に膝を付ける。肌を通して感じるひんやりする冷たさに体が震えたけれど、白い箱を床に置き蓋を開けて手当ての準備を始める。
「お前は……誰に許可を得てここにいる」
頭上から降ってきた低い声で囁かれた言葉。その声音に体が強張りはするものの、聞かぬふりをし準備を進める。
「俺が許可した」
大理石の上で何かを引きずる音がすると思い、その方向を見遣ったらレイが何処からか持ってきた椅子を引きずっている所で。私と少し距離を取って椅子を置き、乱暴に座り手と足を組む。
「俺の言うことに何か文句でもあるか」
「…………」
レイが問い掛け、アッシュさんは口を噤む。2人交互に視線をやっていると、レイの顎が私の次の行動を促す。軽く頷いて、まず消毒液と丸い脱脂綿をピンセットで取り、瓶の容器に入れ液を含ませた。それから、アッシュさんに声を掛ける。
「シェヌお爺さんは手が離せなくて私が代わりに手当てをします。手際が悪くお爺さんのようにうまくないと思いますけど」
「…………」
「もし不安があるようでしたら、後ほどお爺さんに診てもらって下さい」
私が言葉を掛けても返答はなく、灯火に照らされたアッシュさんの表情は変わることなく、瞳は一点を見つめたままだ。



