君がいるから



   * * *


 木や緑が生い茂る森の中に開けた場所。

 シュッ シュッ

 空を裂く音が風に消えていく。

 ザシュッ

 きらりと光る鋭く尖った金属が突き立てられた。
 突き立てられた金属――剣のグリップを握り締めたまま、顔を俯かせ荒々しく肩を使い呼吸をしている人物がここに1人――。操り人形の糸が切れたように体が下方へ落ち、片膝を強く打ちつける。

「……はぁ……はぁはぁ……」

 白灰の髪がしっとりと濡れ、毛先から途切れることなく雫が落ちていき土に染みを作る。髪でだけでなく、額からもあふれてくる雫を拭いもせず、強く歯を食いしばる男。

「なぜだ……なぜ――」

 今一度グリップを握る拳に力を込め、剣を引き抜き顔を俯かせたままふらりと立ち上がる。剣の切先を地につけたまま引きずり、頼りなく体を揺らしながら歩む。彼の唇が声を発しずに震え動く。
 そして、ある大木の前でぴたりと足を止める。ただその場に立ち尽くす男を囲む緑の葉が風に揺れ音を奏でた。

 一瞬――強さを増した風に煽られたかのように、男は自身の額を大木へ力の限る打ちつけた――。その波動で大木が微かに揺れ、大木に止まっていただろう鳥が一斉に飛び立つ。額を付けたまま、今度は男の左拳が大木へ。それから何度も何度も打ち付けられた拳からは、赤い雫が流れ落ちては――下方の瑞々しい緑の葉を染めていく。

「…………っ」

 言葉にならない、声にならない叫びが喉に痞える。ただ、一点を見つめる青の瞳は無心。幾度と無く打ち付けた拳をずるりと力なく落とし、瞼をうっすら開く。

「俺、は……」

 そう一つ漏らすと男は、再び視界を閉ざす。彼の脳裏に、今よりも幼い自身の背中を支える掌が思い浮かぶ。

『お前がいてくれてよかった――アッシュ。もしも俺が――』

 再び風に揺れる葉が音を奏でた時、男は。

「……なぜ、あなたは」

 この声を聞き男の背中を見つめる者は――誰1人としていない。そして、微かに男の肩が震えたことを悟る者も。
 ただ――止まること無い赤の雫は男の心情を物語っているかのように、流れ落ちてゆく。