「お前に奴は殺れない。傷1つもつけられまい。無駄死にするだけだ」
エグザの言葉に、ラスナアの眼光が一気に鋭くなった。だが、エグザは瞳には目も止めず踵を返す。
「無駄死にだと!? 何故、お前にそんな事が分かる!? この俺が……あんなふざけた奴にやられるわけが――」
「ラスナア」
声を荒げたラスナアの言葉を静かに遮ったエグザは、振り返らずに言葉を続ける。
「もう一度言おう。お前には一生かかっても不可能。みすみす己から殺されに行くようなものだ。あのお方に生涯尽くすつもりならば、やめておけ」
言い終え、通路の奥へと去って行くエグザ。
「俺、には……不可能だと……?」
歯を力強く噛み、外衣に隠された掌にも爪が皮膚に食い込むほどに、思いを込める。
「ふざけるな……俺は!!」
怒りが含まれた瞳は、鋭く一点を見つめ続け、怒りの矛先は硬い地へと向けられた――。
コツ コツ コツ
灯り1つない、とてつもなく広い空間に、赤オレンジの月明かりが妖しく照らしている。冷気が辺りを包み込む中――低音の声が響く。
「遅かったな」
靴音がある位置で鳴り止み、その主はその場で膝を折り片膝を地に着け頭を下ろした。
「申し訳ありません。シュヴァルツ様」
一礼し終え、ゆっくりと顔を上げ漆黒の髪を揺らす。
「ラスナア、その手はどうした」
「……いえ」
暗闇の中――知られぬことは無いと思っていたラスナアは、瞼を伏せて血が滲んだ手の甲を外衣の中へと隠す。
ラスナアの傍らには、一定の間隔をあけてエグザ、そしてハウィーが並ぶ。エグザはラスナア同様――片膝を着いていたが、ハウィーは胡坐(あぐら)をかき太股の上で頬杖をついていた。ラスナアは、一度横目でハウィーの姿を見遣り、すぐに前方へと戻す。3方の前方、長い足を組み肘掛に頬杖を着き、背凭れに体の重みを預けるように寄りかかりながら座る人物。白の装束を身に纏う――ゾディック国王、シュヴァルツ・G・ルゴラ。感情を表すことのない冷酷な瞳が、目前の人物達を見据えている――。



