君がいるから



「この場所は夜になると、獣がうようよと群れをなして動き回るビーストの森。陽が落ちた森の中には、まず誰も足を踏み入れない。その理由として、人間の匂いを数キロ離れた場所からでも嗅ぎつけてしまう程の嗅覚を持つ肉食獣がいるから」

「…………」

「さて、この状況の中、君が船を降りた場合――どうなると思う?」

 愉快気に話し微笑むこの人がとても怖い。掌を上にして、答えをどうぞ――と、私を示す。私が口にするのを渋り、頭を軽く振って応えれば満面の笑みで掌を素早く閉じる。

「人間は足を踏み入れたが最後、バクッと食べられちゃうんだ。骨の髄までね」

 この時期飢えているだろうから、骨も無くなるかなぁ――この言葉も付け足して、くすくすと笑う。

「以上が注意点です。ここを出て真っ直ぐ、突き当たりに外へ出る扉がある。今なら誰にも気づかれずに抜け出せるはず」

「…………」

「どうしたの? 行かないの?」

 入り口を親指で示される。それでも動こうとしない私を、今だ満面の笑みで見つめてくる。

「シャルネイに戻りたいんでしょ? といっても、まだシャルネイの領土……か」

「戻り、たいです。ですけど……」

 そんな話を聞かされて、身一つで外に出るなんて出来るわけがない。それに、出たところで右も左も分からない森の中――迷うのは目に見えてる。

「自力で城へ帰れたら、素晴らしいことだね。まっ辿りつける保障なんては皆無だけど、ほら今しかチャンスはないよ?」

 この人――絶対にわざとだ。私がどうするか分かっているくせに、わざと聞いてくる事に腹が立ち、精一杯睨みつけた。

「OK。それじゃ、行こうか。君の部屋へ案内するよ」

 キッチンと食堂を繋ぐ通路へと、1人でスタスタと足を進めていくその背中に、私は付いていくしかなかった。




   * * *




「王! たった今、ビーストの森の番人から伝書が届きました!」

 ジンとアディルが談義をする最中、肩に白梟を乗せ片手に紙筒を持った騎士が1人駆けて来る。

「何か分かったのか」

「どうやら盗賊船はビーストの森に着陸した模様です!」

「あの辺りのビーストは、肉食かつ凶暴」

 アディルが真剣な眼差し――どこか心配そうな面持ちで唇を親指で引っ掻く。

「奴らも馬鹿ではないはずだ。船はビーストが嫌う香りの強い木材を使用しているに違いない。その他に報告はないか」

「監視塔の番人は、すぐに動く気配はみられないと記しています」

「夜明けを待つ、か」

 ジンの言葉に、ふと窓の外へ目を向けたアディルは――少女の名を密かに呟く。