君がいるから



「……あなたは、たしか」

「ウィリカ兄貴っ」

 シャンロは歓喜を含む声音で呼びかける。ウィリカと呼ばれた人物は、真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってき、シャンロの頭に手を乗せて数回弾ませた。

「シャンロ、疲れたろ。もう部屋に戻って寝ないと、あとの見張りがきつくなるぞ」

「はい! あっでも……お姉ちゃん、この船に慣れてないだろうから、部屋に案内してあげようと思ってるんだけど」

「あぁ、それなら俺がやるからいいよ」

「……ギル兄貴に頼まれたから」

「そのギルに言われたから、平気」

 早く寝ろ――もう一声掛ける声は柔らかく、シャンロの背を軽く押す。そうしてシャンロは頷き、私へと視線を向けてきた。

「お姉ちゃん、手伝ってくれてありがと」

 それから、これも――手を広げて、腕を上げて指先を見せる。細い指先に当て巻かれているハンカチの切れ端。口端を上げ、目を細めて私は頷いた。

「じゃあ、また明日ね!! おやすみなさいっ」

「――おやすみ」

 手を大きく振って、キッチンから出ていくシャンロの姿は扉の向こうへと消える。そうして、徐々に足音が小さくなり音は止んだ。
 また明日――その言葉が何故か胸に閊えて、私はシャンロと同じ言葉が声となって出ては来なかった。

「逃げ出すなら、今しかないよ」

 シャンロが消えた方角から、ゆっくりと私の背後で腕を組みにっこり微笑む人に視線を移す。

「どう……して……そんな事」

「ここから、逃げ出したいんでしょ。違った?」

「え……いや、あの」

「だからシャンロの、また明日に応えることは出来なかったんじゃないの?」

 瞬間、一際大きく胸が反応を示す。考えていたことが見透かされてたことに。今もまるで金の瞳が私の考えを見透かしているようで。軽く鼻先で笑った彼は、キッチンの扉を掌で示して頭を浅く下げた。

「行くなら、どうぞ。俺は見てないフリしててあげるよ」

「それじゃ、今度はあなたが。あの……ギルガータ……さんに怒られるんじゃ」

「君が気にするようなことじゃないでしょ。あいつの事は大して怖くもなんともないから、俺は気にしないし。あぁ……でも、この船を出る前に1つ注意点」

 腕を組み直し人差し指を一本立て、愉快気に口端を上げて彼は口を開く――。