君がいるから



 冷たく感じる眼差しとは裏腹な――温かな指先。その指先が顎に触れ上を向かされた先に、眉を下げて悲しげな表情を浮べているギルガータの面が目前に。

「泣くな」

「……泣いて、ない」

 強がって言う私の目元を、ギルガータの親指で数回撫でられる。長させまいとしているのに、撫でられる度にいちいち肩が跳ね上がって、そんな自分が嫌でたまらない。

「泣いてるじゃねーか。強がんな」

「――泣いてない」

「じゃあ、これはなんだっつーの。汗とでも言うつもりか?」

 少し濡れた目尻に触れ、水滴がついた親指を見せられ、ふいっと視線を背ける。もう片方の頬も同じように撫でられ、頬にじんわりと温かさが広がっていく。その温かさの正体が、ギルガータの掌で私の頬を包み込んでいることにすぐには気づかなかった。
 もう一つ――壁とギルガータの体に挟まれ、密着度が先ほどよりも増していることにもようやく気づく。

「手離して……近すぎる……なので離れて、下さい」

 ギルガータの胸に掌を当て、体を離そうと押すも微動だにしない。相手の息遣いが聞こる程の距離間に、熱でもあるかのように体が火照り出す――。恥ずかしさのあまり視線を落とし、一刻も早くこの空間から抜け出したい衝動に駆られる。

「私の事……さっきは殺そうとしたのに、何で今は――」

「もうしねぇよ」

「……え? 今、なん――」

 不意に頭上から降ってきた声に、驚いて思わず顔を上げてしまった。

「もう、しねぇから」

「……何言って」

「お前が怖がること、もうしねぇからよ」

「そんな事、誰が信じる――」

「しねぇよ。だから、もう泣くなよ」

 そう言ってギルガータは、口端を緩やかに上げて微笑む。

「……っ!」

(どうしてこんな表情をするの? 私の事をあんなに睨んで、殺そうとまでしたのに。どうして……!?)

 この男の言動に戸惑い、私の頭の中は疑問符でいっぱいになる。そして、自分が気づかぬ間に――驚くほどギルガータの顔が接近していたことに、慌てふためき必死の攻防。

「ちょ……っと、ちょっと待って! 顔……近いっ」

「黙ってろ」

「黙ってろ――って何!?」

「もっと上を向け」

「嫌っ……」

 頬にあった手が顎に添えられ、指先1つで上を向かされてしまう。徐々に互いの唇が近づき触れて――。

「兄貴! 食事出来ましたー! さっき大きな物音しましたけど、何かありましたか!?」