君がいるから



「ここだ。……ん? 何だろう、この匂い」

 立ち止まった場所の向こう側からは、何やら異様な匂いとよく見れば扉の隙間からもくもくと煙が漏れ、その煙の匂いが鼻をつく。少しきつい匂いに誘われるように、音を立てないよう扉を開き隙間から中の様子を窺う。

「うわっ入れ過ぎた! う~ん、これ入れれば何とかなるか。よしっ出来たー!! 今日はうまそうに出来たぞ! 俺って天才――あっ今度はこっちの鍋を」

 覗き込んで辺りを見回して行きついたのは子供――それも男の子1人が木箱を2つ重ねて台にして乗っている。その前には、コンロを数えてみると3つ。大きな金属製の鍋がコンロ全てを使用している。
 グツグツと煮込む音も聞こえて、子供が一つの鍋をゆっくりと棒のようなもので体全部を使ってかき回している所。子供の額からは、汗が顎に向かって滴り落ちていく。

 見ている限り、ここはこの船のキッチンだと答えが行き着く。小さな体で、一生懸命棒を両手で持ってかき混ぜる姿。それに、この中には大人は誰一人と居ず、たった一人で大きな鍋と格闘している。
 あの鍋の大きさじゃ、あの人達2人分とこの子の分ってわけじゃなさそう――他にも船員、体格の良い大人たちがいる筈なのに、どうして誰も手伝ってあげていないんだろう。それほど広くはないキッチン。両足を使って台から飛び降りては、その中をちょこちょこと駆け回って食材なんだろう物を手に持ち、再びガタガタと木箱を揺らしながら乗る姿に気をもむ。
 男の子はまたもや軽快に台から飛び降り、今度は鍋の前から台を移動させ、台に乗り刃物を手に取って食材を切り始めた。のはいいものの――手つきはとても不器用で、見ているこっちは怪我をしてしまうんじゃないかと胸がハラハラしてしまう。

「いってっ!!」

 私の心配は的中し、少しの間も経たない内に声が上がり、指をパクリと口の中へ運ぶ男の子。

(やっぱり、指切っちゃったか。包丁をああやって使ったら、自分の指切っちゃう確率は上がるよ――って、私も最初あんな感じだったか)

 男の子と料理を始めた当初の自分のことを重ね一笑する。そんな時――。

「ううっうわーーっ!!!」

 突如響き渡る男の子の叫び声に、はたっと我に返る――。考えるよりも先に、扉を力強く開いて中へと駆け込む。