* * *
「まぁた、ルカの野郎やっちまって、ギルさんに大目玉らしいぜぇ」
「俺なんか、さっきので高級酒瓶一つダメになっちまったぁ。 あーぁ、折角大事にとっといたやつだったのによー」
「それにしても腹減ったぜー。今日もあのちびの飯かぁ」
「飽きるよな。あいつの何とかならねーのか?」
コツッ
「――やっと行った、かな」
警戒をしながら、木樽の物陰から顔を出して胸を撫で下ろす。遠ざかっていく話し声が耳に届かなくなってから、木樽との間から素早く出る。
「たしか、こっちに甲板に出る扉があったはず」
船内の人達に見つからないよう、足音をなるべく立てず――でも確実に前へ一歩一歩進んでいく。こうして脱走したことを見つかりでもしたら、今度こそ本当に危険かもしれない。
あの2人が私の前から立ち去った直後、目前には開け放たれた扉が飛び込んできた。鍵を閉められるはずだった扉が、何故だか鍵はおろか扉さえも開けっ放し状態のままで。考えるよりも先に気怠い体が動き出し、部屋から飛び出していた――。
もしかしたらまだ空を飛んでいるのかもしれないと思ったけど、壁に取り付けられた小さな丸い窓から外の様子を窺った。すると、いつの間にか月の光に照らされている多くの木々が目前に。それを目にして直ぐさま察した。
「あの衝撃は、きっと――というか絶対的に、この船落ちたんだよね」
空じゃなければ、チャンス到来。そう頭に浮かんだものの、この船を出ても助けを求められる人がいるかどうか。後先考えずに、飛び出して来てしまったから。あの部屋を出てから、次々と不安要素が出始めてきてしまう。元の世界に帰るにはあのお城にいた方が、絶対的にここよりは良い気がするし。それに――。
"あきな"
鮮やかな赤い瞳――さらりと靡く腰まである金の髪。いつも向けてくれる、物腰が柔らかくて優しい微笑みと声音。あの甘い香りと抱きしめられた時のあの腕の温もり――。思い出せば今も鮮明に蘇ってくる、おでこに感じた柔らかな感触。
(あんなに柔らかいんだ、くちび……るって)



