君がいるから



 そして、小さくもう一息つき――。

「――あきな」

 ぼそり――愛想がない言い方で呟く。

「あ? 聞こえるように言え」

「……だから。あきな」

「声ちぃせーんだよ。俺様に聞いてほしけりゃぁな、でっけー声で言いやがれ」

 この男は、本当にこの物言いなんとかならないのか。瞼を固く閉じてから、鼻から息を目一杯吸い切り――。

「山梨あきな!! 私の名前はあきなです!!」

 お腹に力を入れ、肺いっぱいに吸い込んだ息を全て吐き出すように、小さなこの一室に煩く広がって消えた。
 あぁ、久々にこんなに大きな声出した――と思えるほど。大声を出したからか、不安は残るけれどすっきり感が私を纏う。

「今度は聞こえましたでしょうか」

 少し怪訝な顔つきで、そう男に問いかける。けれど、男は目を丸くして私をジッと見つめるだけで、口を開こうともしない。私が今まで見せなかった態度に驚いているようではあるけれど、もしかしたら――逃げたことに対しても何か罰をと考えもしているんだろうか。相手の出方を警戒心を強くして待っていると、突然視線を逸らし顔を俯かせた男。

「……くく……」

「……え?」

「くく……ふはは」

 急に顔を俯むかせたかと思えば、微かに声が漏れ聞こえてき、肩が震え出すのが目に入り首を傾げる。そして、恐る恐る口を開く――。

「あの?」

「はっはははは! ひひっはははっ!!」

 急にお腹を抱えて笑い出してしまった男。その行動に驚きのあまり体がビクついて、腰を下ろしたまま後ずさる。
 さっきまで睨みを利かせていた筈の男は今はなんとその面影はないくらいで。そんな男とは真逆で顔が引き攣っている状態の私。何故、突然笑い出してしまったのか、分からず戸惑う。
 男はそんな私に気づいてないのか、笑いを抑えるようにお腹だけでなく口元に掌を当てている状態。

「……ちょっと、あ――」

「はははっ! 腹いってーっ」

「笑うの……止めてくれませんか!? こっちはあなたが笑っている理由が一つも分からないんですが」

 ここまで人の顔を見た後に大笑いされると、気分は良いものなわけがない。男が笑いながらよたよた動き回り、壁に背を預けてしまう始末。頬を膨らまさせて、一向に笑いが止まない男を見据えていると。