暫くして、ある一室に連れられた処で、古びた小さなベットに下ろされる際に思わず声が漏れる。
ボスンッ
「うわっ!!」
「お嬢さん。しばらくここで大人しくしててくれ~」
そう言うや否や、酔っ払いのおじさんは手をダルそうに左右に振りながら私に背を向け、元来た道を戻って行こうとする処を慌てて呼び止める。
「ちょっあの!!」
「もう少しで着くからよ。ここで大人しくしてくれれば、あいつも悪いようにはしないと思うぜぇ~じゃあな~」
バッタンッ ガッチャンッ
「鍵。確実に閉められた……」
呼び止めるも空しく、伸ばしていた腕がゆっくりと下りていく。静まり返る空間に――恐らくエンジンなんだろう音が、木の板で出来た壁から響き渡る。腰を上げ部屋中を見渡す。ごく小さな一室に一人用のベットがただポツンと置いてあって、壁に丸い形の硝子が取り付けられているだけ。扉の方へとおもむろに足を向けて、丸いドアノブに触れ回す――。
ガチャッガチャガチャッ
「やっぱり鍵、閉められてる」
何度やっても扉が開く気配はまったくない。それに木材で出来ている床や壁と違って、扉だけは固く触れると冷たい鉄で出来ている。
「体当たりしても無理、だよね。木材だったら、何度か体当たりすればと思ったけど」
一気に力が抜けるように、長めに溜息をついた。そして、ふと視線の先に小さな丸い硝子が映り込み、歩み寄って硝子にそっと触れる。
「窓は開かないタイプ……」
割ったとしても、そこから出るなんて到底無理な大きさ。硝子を通して見える景色は、ただ暗闇が広がっているだけ。時折、雲の切れ間から赤い月がその存在を表し光が漏れた時、ふと自分の手に目が行く。そして、その掌を結ぶ。
「アディル、さん」
連れ去られるあの時、私に伸ばされたアディルさんの掌を思い出す。触れることはなかったけれど、何故かその光景が思い浮かぶ。
「もう、会えない……のかな……」
再び襲う孤独感に、思わずきつく瞼を閉じる。膝を折りその場に座り込み、今はもう傍にはいない優しく微笑む顔をただ想い浮かべていた。



