君がいるから



 予想だにしていなかっただろう彼は、目を見開き驚きを露わにしている。さっきまで、目元を覆っていた前髪がさらりと重力に逆らわずに落ちていき、両の碧い瞳が目前に現れた。それは、やっぱり綺麗な顔立ちで、透きとおるような綺麗な碧。一瞬見惚れてしまったけれど、それを頭の中からかき消して顔を顰(しか)め彼を睨みつける。

「ちゃんと人の目を見て話をして。初対面の相手なら尚更っ。教養身に付けてるならそれぐらいわかるでしょ!? それにもう少し言い方ってものがあると思いますが!?」

 至近距離で彼に続け様に言い放つ。

「勝手に部屋に入ったのは私が悪かったです、ごめんなさい。でもノックしたんだからね!? それでも何の返事をしなかったのはあなたでしょーが!」

 私が言ってる間にも、彼はただ見つめてくるだけで何も反応はない。人と目を合わせられないわけではないのかもしれない。互いに見詰め合った形でしばらくそうしていると、彼から頬を掴む私の手の甲に自分の掌を重ねると私の手を剥がし下ろさせた。そして、何事もなかったかのように、再び本へ目を向け頁を捲り始めてしまう。

「――あのさ」

「それだけでしょ、言いたい事。だったらもう用は済んだだろ」

「人の話聞いてなかったの?」

「あぁもう、うるさい。とっとと出てけ」

 怒りを通り越して呆れるしかなく、何を言っても無駄のよう。それに、山梨家の方針を他人に押し付けてるのも良くないと考える。この行為こそ迷惑で自分勝手なのかもしれない。淡々と本に読み入る彼の姿を見ながら、小さくため息を吐いて仕方なくこの部屋から出ようと扉の方へ踵を返した。取っ手に手を掛けた時、ふと気になっていたことを思い出し首を捻り背後を見やる。

「ごめん、もう一つだけ聞きたいことあるんだ」

「はぁ……何?」

「歌、歌がね、聞こえてきたんだ。それがどうしても気になって、足がここに向いて。それで、歌ってる人が何故だか、どうしても気になっちゃって、部屋に入ってしまったの」

「…………」

「あなたが歌ってたの?」

 そう問いかけるも、彼は口を開くこともなければ、まったく興味がなさそうで。

「違う、か。聞き入っちゃうほど、すごく綺麗な歌声だったんだ」

「あっそ」

「お邪魔して、勝手なことばかり言っちゃって、ごめんなさい」

 頭を下げてから扉を開けたんだけれど、再び彼に聞きたいことが思い浮かんで動きを止めた。