君がいるから





   * * *




「さっどうぞ中へ」

 扉を開け、先に私を中へと通してくれるアディルさんのさりげない仕草に会釈をする。

「失礼します」

 一歩中へ足を踏み入れると同時に目に飛び込んできたのは、見渡す限り本、本、本。高い天井に届きそうなぐらいの本棚、ここに来るのは2度目の事。

「おいで」

 手招きをしてアディルさんは奥へと足を進め、私はその後を追った。奥へ進み切ると、本棚と本棚の間に空間が出来ており、そこにはテーブル2つとそれぞれ6脚ずつある椅子が置かれていた。

「座って」

 椅子を引いて促され、私は腰を下ろす。そうして、私が座ったのを確認すると、アディルさんは"待ってて"っと残し、本棚の薄暗い中へ。アディルさんがいなくなって、落ち着かなくて辺りを見回す。
 自分が今、座っている椅子も目の前にあるテーブルも、カタログとかテレビとかでしか目にしたことないくらいの高級品だと察する。以前、テレビで見たアンティーク家具なんてとてもじゃないけど、一生手が届かない額だとため息をついたことがあった。実際、自分がこうやって使うことがとても不思議。
 再び周りを見渡していく内に本棚に目がいき、その高さは計り知れない。棚には太さも色も様々な本が並べられていて、1番高い処までも本がぎっしり。

(あれはどうやって取るんだろうか……)

 首を傾げ不思議そうにしていたら――。

「何か気になるものでもあった?」

「アディルさん」

 背後から声がしたかと思ったら、私の横に腰を下ろしテーブルの上に数冊の本を乗せていた。

「皆さん、たくさん読むんですね」

「いや。あまりここには普段、人はなかなか近寄らないんだ」

「そうなんですか?」

 話をしている間に、アディルさんは一冊の本を手の取りパラパラと捲り始めた。

「でも近寄らないんじゃなくて、来ないって方が正解かな」

「来ない?」

「本を読みたいって思う奴がいないってこと」

 "あの連中だからさ"っと笑うアディルさん。

 そういえば――と朝食の光景を思い浮かべたら、私も小さく声を漏らした。そして、ある頁を開いたまま、一冊の本が目の前に置かれる。

「これは?」

「世界地図なんだ。まずここから説明するね」

 長い月日を感じさせる少し茶色がかった紙に上に、長い綺麗な人差し指がある場所に置かれた。