君がいるから




「あーきな」

「…………」

 食事が運ばれてきてから、私は黙々と食べ続けていた。アディルさんがしきりに言葉を掛けてくるけれど、それに答えない。

「アディル様。あきな様を怒らせるようなことをなさったんですか?」

 お茶を淹れてくれているジョアンさんが、少しばかり呆れたようにアディルさんに声を掛けた。

「う~ん。ここまで怒るとは思ってなかったかな」

「何をなさったんですか? あっまさか、いつもの……」

 お茶を淹れ終えテーブルにポットを置くと、アディルさんの顔を覗き込み目を細めたジョアンさん。

「いつものって俺が毎回してるみたいに聞こえるよ? ジョアンさん」

「毎回のことですよ。ほどほどにして下さいまし」

(もしかして――同じようなことを誰にでもしてるって事?)

 最初の印象が更に遠くなっていく気がする。それと同時に、胸が何だか締め付けられたように感じた。
 2人の会話を横耳で聞いていると、次第に忙しなくしていた手の動きが鈍くなっていく。

「あきな様。どうかなさいました? もしやまだ具合の方が……」

「いえっ大丈夫です!! こんなに美味しい物食べたらすぐ元気が戻ってきました」

 今までアディルさんと会話をしていたのにも関わらず、私の小さな変化に気づいて、心配そうにするジョアンさんへ咄嗟に笑顔を作った。

「そうですか。おかわりはなさいますか?」

「いえ。もう……お腹いっぱいになりました」

 ポンポンっとお腹を軽く叩くと、ジョアンさんが"そうですか"っと微笑みながら、空いたお皿を下げた。

「あきな」

 呼ばれてふいに隣に視線を移すと、アディルさんがティーカップをソーサーに戻した所だった。

「この後は、ゆっくり部屋で休むよね? もう少し休んでから戻ろうか」

 私もそうしようと思っていたけれど、脳裏にはまったく違う事が思い浮かんで口を一文字に一度結んでから口を開いた。

「あ……あの、そのことなんですけど」

「ん?」

「もしご迷惑じゃなかったら、お願いがあるんです」

「お願い? 何かな」

「はい」

 この世界は地球とは違う。何も知らないのは私だけだ。いつ帰れるかなんて分からない。もしかしてと、頭の片隅で思ってしまっている自分がいる。
 ここにいる以上、私は少しでも知っておかなきゃいけない――。