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医務室を出てアディルさんが体を終始支えて気を遣ってくれ、また私はというと――お腹の虫が鳴らないよう気を張りながら、食堂へと辿り着いた。
そこは慌しさと騒々しかった朝食時とは違い、広い空間には静けさが漂う。長いテーブルの片隅に肩を並べて椅子に腰を下ろしている私達。食堂に入る前に調理場で仕事をしていたジョアンさんに姿を見せたら、目を潤ませ……本当に無事でよかったと抱きしめてくれた。消化しやすい軽いものを――と、急な頼みにも関わらず快く承諾してくれた。
それにしても……と、視線だけを動かしてアディルさんを見遣り、医務室での事を思い出して体温が急上昇してしまう私。気づかぬ間に凝視しすぎていたのか、アディルさんの紅い瞳がこちらを向き首を傾げる。
「ん? 俺の顔に何かついてる?」
「あっいえっその」
視線を外し俯き、しどろもどろの私の耳に、くすっと微かな声が届いた。
「大丈夫だよ。"痕"はつけてないから」
その言葉に顔を上げ横を見ると、テーブルに肘を付いて掌に顎を乗せ、にっこりと微笑みながらこちらに紅い瞳を向けているアディルさんの姿。私が何を考えているのかなんて既にお見通しのよう。
「アッアディルさん! あっ痕とかそういう問題じゃないです!」
「じゃあ、どういう問題?」
「どういうって……て」
「あきなが可愛かったから。それじゃ理由にならない?」
いつもの微笑みでサラリと言い切るアディルさん。そんなアディルさんとは正反対に、私の瞳は少し睨みを利かせる。
「りっ理由になんてなりません! 第一、私の何処が可愛いって言うんですか!?」
「ん? あきな自分では気づいてないんだね」
アディルさんの肘を付いていない腕が伸びてきて、やんわり大きな掌が私の頬を包み込んでいた。そして、いきなり透き通るような紅い瞳だけが、私の瞳には映ってないことに気づく。胸の鼓動が激しくなり、そのせいで全てが火照って目が回る寸前に陥る。
「こういうとこが可愛いんだよ? とても……ね」
口端をやんわり上げ、紅い瞳が離れていく――間際の楽しげに微笑む表情に、私の反応を楽しんでいるんだと察した。
「アディルさん!!」
大きく言い放った声が辺りに広がって消えた――。



