「おい。捜したぜ」

男は女の肩をぐいっと引き戻し、自分のほうに向き直らせた。

「いまさら何の用よ」

短く刈り込んだ金髪に、褐色の肌。その右腕には、龍の入れ墨が舞っている。
阿部という、その男の脂ぎった肌に乗った、鷲のような目を睨みつけながら、女は言った。

「お前、1年前に俺の組に何したか、忘れたわけではないだろう」

「人、呼ぶわよ」

くっ、と男は右の口の端を歪めた。

「ばぁか。誰も見ちゃいねぇよ」

「いいから、この手を離しなさいよ」

女が男の腕に手をかけると、男は指先に力を加えた。太い指が、女の肩に食い込む。女は苦痛に頬をひきつらせた。

男はそのまま、女をビルの隙間に連れ込み、コートの襟元を掴んで壁に押さえつけた。

「つべこべ言わずに、俺の女になりゃいいんだよ」

女はきっと男を睨めつけると、毅然と言い放った。

「誰が、あんたなんかの言いなりに、なるものですか」

そう言うと、女は、渾身の力を込めて、その鋭利な踵を男の足に振り下ろした。

男が怯んだ隙に、その腕を振り払い、女は走り去った。
後ろから、男の罵声だけが追ってきた。しばらくは走れないだろう。



女は、夜の闇に溶け込んだ。