喜兵衛は、阿部の身体から降りて、私のほうへやってきた。私は、喜兵衛の右手から短刀を受け取ると、彼の血濡れた唇に口づけをしてやった。

「後始末、おねがいね」

喜兵衛は出ていった。



私は、自分のほかにこの部屋に残った、もう一人の人間へと向き直った。

「よくも、私にあんな思いをさせてくれたわね」

壁にもたれ、力なく両脚を投げ出して、俯いたままの少年。
もの言わぬ人形のようなその姿が、私の神経を逆撫でた。

私は短刀を持ち直した。

わき上がる、本能ともいうべき衝動。

私は少年の前にかがみ込んだ。

先ほど阿部に向けられたまま行き場を失った私の刃は、再びその矛先を向けるべき、新たな対象を求めているのだ。

短刀を両手で握り、嗚呼、その切っ先は、素早く、そしてなめらかに、少年の腹部へと…………!



少年の弱々しい呼吸が、一瞬、止まった。
柄のところまで深々と刺さったそれを、おそるおそる引き抜くと、黒い血が溢れ出して、少年のシャツを見るまに染めていく。

私は興奮した。

快楽ではなかった。
恐怖でも、悔恨でもなかった。

私は、何度も何度も刺した。
そのたびに、どろりとした液体が、濁々と流れ出る。
少年の血で手が滑るようになると、手のひらで柄を押し込むようにし、やがて足元に落ちていた短刀に持ち替えた。



はっ

と、我に返った。
少年は、死んだように動かない。

立ち上がって、凄惨な様相を呈しているこの部屋を一望する。
何mか向こうに転がった3体にも、一瞥をくれてやった。

いつになく、静謐な心だった。