青白い満月が、灰色の夜空に浮かぶ。
深夜0時の渋谷、裏通り。

「やっと、その気になったか」

とある廃ビルの中、20m四方ほどの殺風景な部屋。

ねずみ色をしたコンクリートの壁に、四角い穴を開けただけの窓。
氷水のような月明かりに照らされている、阿部と数人の部下たち。
彼らは、単身で乗り込んできた私に感服し、満足げであった。

「ここは、どこだか覚えてるよなぁ?お前が、桐山を殺った場所だ」

「ふん。来てやったんだから、文句たれんじゃないわよ」

バカども。

心中で悪態をつきながら、斜に構えて応酬する。

「お前は賢い女だ」

阿部が私に歩み寄ってきた。
10mほどの距離は、男の歩幅ならすぐだった。
彼は私の顎を、人差し指で持ち上げて、私の顔をまじまじと見つめ、美しいと呟いた。
そして、唇を私のそれへと重ねようとした。

そのとき。

私は、コートの袖に忍ばせていた短刀を、男の胸に突き立てた。

堅い手応えが、あった。