「深山」
呼ばれて顔を上げれば、男は腰に差した刀を鞘ごと取り出し構えていた。組紐で鞘と柄をしっかり固定し、刀が飛び出さないように。
「ちょっとやってみねえ?」
「…お断りしたいんですが」
「いいじゃねえか。な?」
有無言わさずの強い口調に、渋々頷く。
自分は案外、命令に弱いのかもしれない。
履きなれない草履の、踏み心地の悪さに嘆息しながら、目の前の男に構える。
少し前までは散々やっていたのに、最近はすっかりやらなくなっていた対人稽古。
構えた瞬間、沈んだままだった気分が、僅かに高揚する。
深山葵。私のことを説明するなら、まず家族のことを言う。
父は高校時代、バスケでIHを制したらしい。今は医者だ。
母は体操の日本代表まで上り詰めた人物。しかし大学で辞め、看護士に。
兄は有名大学に通う大学リーグのバスケットプレイヤー。
とんだスポーツ一家だ。もちろん家訓は文武両道。もう笑うしかない。
そして妹の私は、勉強はそれなりに。勉強以上に、極めたかったものがあった。
バスケでも、体操でもない。
小さな頃に試合を見て、憧れた、スポーツ。
その洗練された動きに目を奪われた。
小学校から道場に入り、中学、高校と部活で続けた。
今尚、極めたいと思っている。高みへ上り詰めたいと切望している。
いくら人生に絶望しても、こればかりは、手放したくは無かったもの。
「そういや名前言ってなかったな。新撰組二番隊組長、永倉新八だ」
「深山葵、参ります」
踏み込む右足に、喜びを隠せなかった。
