ダルシェウルの社長は両肘をつき、手を組んだ。
 護衛の男がその傍らでマイクの電源を入れる。
「私はケチでね、なるべく【いい買い物】がしたい。貴方には我が社が持つ人工龍石の特許を差し上げます。今日のところは、これで引いてもらえませんかね。父君を亡くされたばかりで何かと心細いでしょう?」
 人工龍石とは特殊な方法でエネルギーを凝縮した結晶の総称で、機械の核として使用されたり、武器に組み込んで特殊効果を持たせたりと、その用途は多岐に渡る。
 ゼルがその存在を知っていたのは、それが義手にも使われているからだ。
 その特許を譲り受けることで齎される利益が尋常でないことは想像に難くない。
「ちょっと待って! これはオークションなのよ、そんな取引反則だわ! それなら私だって引いたりしなかった!」
 唯一の女性貴族が怒りもあらわに声を荒げた。
「確かに到底看過できん。何事にもルールというものがあり、秩序はルールによって成り立っている。守ってもらわねば」
 初老の男が尤もらしく女性貴族を擁護するが、腹の底は女性貴族と同じだろう。
 誰もが欲しがる特許を、ただ飽きるまで食い下がったという理由だけで、何ひとつ痛めずに手にされるとあっては、黙っていられないのも道理だ。
「一度ステージを降りた者が何を喚く」
 社長は鼻で笑ってその反論を一蹴する。
「年配者がおっしゃるように、これはオークションだ。文句があるならば総資産を入札してみればいい。私が同じ取引を持ち掛けるかも、入札するかもわからないがな」
「……っ」
 その声に反論はなかった。
 押し黙り噛み締められる唇が貴族たちの答えだ。
 それでもまだ何か言いたそうにしていたのは、やはり降って湧いた甘すぎる飴のせいだ。
 何故そうまでしてエナにこだわるのか。
 否、こだわっているのはエナではなく【落札すること】そのものなのかもしれない。
 相手の真意は読めないが、引くつもりがないことだけはよくわかった。
 さて、この場をどう切り抜けるのか。
 何処かにある突破口を、リゼはもう見つけているのだろうか。
「こちら側からは、これ以上の提案も妥協もない。もし貴方がこの話を蹴りたいと思うならば……」
「いえ、その話乗りましょう」
 すぐ近くで聞こえた声と言葉にゼルは耳を疑った。