プラチナオークション史上、かつてない高額で奴隷が落札されようとしていた。
「……八百万ガルカ」
 仮面の上からでもわかる程の苦渋を顔に浮かべながら入札したのは鳶色の瞳の男、リゼだ。
「九百万」
 対するは片肘をついて足を組む男。形の良い唇が余裕の笑みを刻んでいる。
 他の入札者は、五百万ガルカを越えたあたりで口を噤んだ。
 国際指名手配犯とはいえ、たかが人間の奴隷一人に、この額はあまりに異常だ。
 しかも、対象になっている娘は権力を持っているわけでもなく、何かしらの組織を束ねているわけでも、またそういった権力者の娘や弱みであったり愛人であったりというわけでもない。
 何故、こんなことになっているのか――と、ゼルは状況がよく掴めないまま、そのやり取りを見つめていた。
 あの貴族さえ気まぐれを起こさなければ、もうとっくにリゼの落札で決まっていたはずだ。
「値を吊り上げて、資産の目減りを狙っているのかと思いましたがこれは……。なんとも厄介な……」
 一向に引く気配のない相手の様子にリゼは、遂に弱音を口にした。
「本気でアイツを落札する気ってことか?」
「……でしょうね。あれはおそらく、ダルシェウルの社長です。何故こんな気まぐれを起こしたのか知りませんが、真正面から取り合うには、総資産が……」
 端から他には聞こえていない会話だが、リゼは更に声をぐっと潜めた。
「二桁、違います」
 それが言葉で言う以上に絶望的な差だということはリゼの神妙な言い方で察しがつく。
 どちらともなく、二人は視線をダルシェウルの社長と思しき人物へと向けた。
 弱者を弱者と知りながら力の加減をして嬲り楽しむような愉悦の色を浮かべる男は、この場において絶対的な支配者だった。
「九百五十……」
「一千万。……そろそろ飽きたな」
 リゼの入札に被る声は、まるで印籠だった。其れが出された以上、閉幕はもうまもなく訪れる。
 これが最後の入札になるのだとゼルは感じた。
 リゼの口が、いったいどれだけの数字を言うのか。
 それを見守ろうとした矢先。
「そうだ、取引(ビジネス)をしよう」
 声の主は確かにダルシェウルという会社を背負ってきた社長であったのだ。
 相手が程よく弱った時を見計らって、今後有利になる状態で話を進める――その手法をこの場に居る誰よりも心得ていた。