そしてその結果、無茶をしてでも自由にしようとするに違いないのだ。
 わかっているからこそゼルはそれを望まない。
「それは構いませんが……ちょっと待ってください」
「わかってるって。バレた時アイツが余計怒ンだってことくら……」
 先回りして答えたつもりが、リゼの手に改めて止められる。
「いえ、そうではなくて。……雲行きが怪しくなりそうです」
 更にリゼが胸ポケットから眼鏡を出すのを見てゼルも何かしらの胸騒ぎを感じ、ぴんと張り詰める口調と同じ瞳で目配せするリゼの視線を追った。
 行き着いたのは、ジストに良く似た男が居る、あのブース。
 二人は何やら会話をしているようだ。
「なんて言ってンだ?」
 眼鏡の柄を中指で押し上げるリゼに問うと、ややあって押し殺したような声で答えが返る。
「……あっちの護衛の価値は二百万そこららしいが、じゃあおれの価値はいくらだ、と。……わざと周りにわかるように会話しています。徒(イタズラ)か揺さぶりか……どちらにしても荒れますよ、これは」
 頬にかかった緩やかに波打つ一房の緑がかった金髪を優雅に払いのけた貴族がこちらを見る。
 否、正確にはリゼを見ている。
 ゆっくりと大きく開かれた口の動きは読唇術の出来ないゼルですら理解出来た。
『わたしの命は、そんな安価ではないよ』
 明らかな挑発に、リゼが奥歯を噛み締めるのがわかった。
 その反応を見た貴族はさも可笑しそうに笑う。
――なんだよ、アイツ。
 むかむかしたものを胸中に感じた。
 その【安価】の為に身体を張ることにしたその決意を嘲笑われたような気がしたからかもしれないし相手の護衛より劣っているという評価にかちんときたのかもしれない。ひょっとしたらリゼを馬鹿にされたからなのかもしれない。
「二百八十万、二百八十万! 他に居ませんか!?」
 進行役の声にリゼの手が動く。
「三百万」
 目は斜め向かいの貴族をねめつけたままだ。
 獲物を獲物と見定めた蛇のような眼光。
 その鋭さに、ゼルの意識は高ぶる。
 昂揚と歓喜。戦いに身を置く人間の悲しいほど純粋な性だ。
 本気になった者にしか持ち得ない熱を纏うリゼは今、剣を握ることなく戦っている、とゼルは思った。
――また一人、本気になった。
 誰かが何処かでくすり、と笑った気がした。