ゼルにはわかっている。二の足を踏む時点でリゼの物事の判断基準が変化していることは。
 エナと出会う前のリゼなら、寸分の迷いもなく切り捨てたに違いないのだ。
 ただ、彼自身がまだ己の変化についていけないまま惑っている。
 だからゼルは喉を上下させたあと、口を開いた。
「オレが……」
 捨て鉢、とまではいかないが大きな賭けではあった、と彼は後に思うことになる。
「オレがアンタの利になる」
 ただこの時は、リゼの心を動かすことに無我夢中だった。彼の踏み出しあぐねているその足を、その背中をほんの少し押したかったのだ。
 現在、エナの価格は百五十万ガルカ。その首に懸けられている賞金額を超えた以上、いつ落札が決定するか知れない。
 もう、待っていられなかった。
「はい? 何を言い出すんですか?」
 案の定、怪訝な顔でリゼは聞き返した。
 それはそうだろう。ゼル自身、こんなことを言うことになるだなんて思ってもみなかったのだから。
「メリットが無ェんだろ、だったらオレがアンタのメリットってやつになる。メシ炊きでも護衛でも」
「間接的に貴方を買え、ということですか?」
 聞き返されて、そこでゼルははたと自分が何を言っているのかを理解した。
「ま、まあそういうこった」
 困ったことがあれば手伝う、くらいの感覚で言ったことが「買う」という言葉でやけに生々しくなる。それは人生を懸ける行為なのだ。
「貴方、それだけの価値が自分にあるとでも?」
 試すような言い方でリゼは問うた。
 最終的にいったいいくら動くことになるか予想もつかないが、ゼルは首を横に振る。
「……わかんねェ。いや、ぶっちゃけちまうと、今そんな価値がオレにあるとは思えねェ」
 労働力として以外、何の価値も無いのだ。
 付加価値がつくようなことを、自身は何ひとつ成し得てはいない。
 けれどここで引くわけにはいかなかった。
「けどオレは剣士になって、その道を極める。その時にゃあ、多少の価値も出てるかもしんねぇし、オレの首にだって賞金はかかってんだぜ」
 最悪、オレを鷺裁に突き出せば最低限のリスクヘッジとやらにはなるだろう、とゼルは告げる。