やがてリゼは肘をついていた手に顎を乗せて息を吐き出した。
「……無いでしょう? メリット。私、そういう買い物はしないことにしてるんですよねぇ」
根気よく言葉を待っていただけに膨らんでいた焦りが怒りに変換されるのはたやすかった。
「テメ……!」
――今、それを言うのかよ!?
これだけ切羽詰まった状況で言われてもどうしようもないではないか。
衝動のままに掴みかかる。
取れた襟の金釦が一つ転がっていった。
拳の一発くらい叩き込むつもりでいた。否、そこに冷静な判断はなかった。感情が殴ろうと決定を下していただけだ。
だがリゼの顔を見た刹那、ゼルははっとしてその腕を止めた。
彼は冷静な顔をしていた。恐ろしいまでに冷静すぎた。
その自身とはあまりに対称的な表情が、ゼルに彼の本心を教えたのだ。
「仕方ないでしょう? どれだけ考えても彼女を買うメリットが見つからないんです」
淡々と話しているように聞こえる。
だがそこにある微かな困惑をゼルは感じ取った。
「彼女を買っても彼女を自由に出来るわけじゃないどころか、彼女は私の足元を掬うかもしれない存在です。本人に自覚や悪気がなくたって我がハセイゼン家の醜聞の種になりえる可能性は、決して低くないんですよね。そしてその割には高い買い物になりそうでしょう? メリットが無いどころか、デメリットだらけなんです」
エナにつけられた額は百万ガルカを超えた。
エナの首に懸かった賞金を思えばまだ儲けが出る額だが、鷺裁に突き出す気のないリゼからしてみれば正味での買い物なのだ。
「なんとかの石には二百万も出したくせに…」
「何を言ってるんですか。あれにはそれだけの価値があるんです。それに、彼女の値はまだまだ上がりますよ」
私が石に高値の価値を見出だすように、彼女に価値を見出だす者も居るのです、とリゼは続けた。
「国際指名手配が高値で取引されるのは、此処に手柄をあげたい鷺裁の輩と、その鷺裁と有利な条件での交渉を望む輩が居るからです。そこに口を挟むとなれば、それ相応の覚悟が必要になります」
利害のみを判断の基準にしてきたきらいのあるリゼが、害しか齎さないエナの落札に二の足を踏むのは当然だ。
「……無いでしょう? メリット。私、そういう買い物はしないことにしてるんですよねぇ」
根気よく言葉を待っていただけに膨らんでいた焦りが怒りに変換されるのはたやすかった。
「テメ……!」
――今、それを言うのかよ!?
これだけ切羽詰まった状況で言われてもどうしようもないではないか。
衝動のままに掴みかかる。
取れた襟の金釦が一つ転がっていった。
拳の一発くらい叩き込むつもりでいた。否、そこに冷静な判断はなかった。感情が殴ろうと決定を下していただけだ。
だがリゼの顔を見た刹那、ゼルははっとしてその腕を止めた。
彼は冷静な顔をしていた。恐ろしいまでに冷静すぎた。
その自身とはあまりに対称的な表情が、ゼルに彼の本心を教えたのだ。
「仕方ないでしょう? どれだけ考えても彼女を買うメリットが見つからないんです」
淡々と話しているように聞こえる。
だがそこにある微かな困惑をゼルは感じ取った。
「彼女を買っても彼女を自由に出来るわけじゃないどころか、彼女は私の足元を掬うかもしれない存在です。本人に自覚や悪気がなくたって我がハセイゼン家の醜聞の種になりえる可能性は、決して低くないんですよね。そしてその割には高い買い物になりそうでしょう? メリットが無いどころか、デメリットだらけなんです」
エナにつけられた額は百万ガルカを超えた。
エナの首に懸かった賞金を思えばまだ儲けが出る額だが、鷺裁に突き出す気のないリゼからしてみれば正味での買い物なのだ。
「なんとかの石には二百万も出したくせに…」
「何を言ってるんですか。あれにはそれだけの価値があるんです。それに、彼女の値はまだまだ上がりますよ」
私が石に高値の価値を見出だすように、彼女に価値を見出だす者も居るのです、とリゼは続けた。
「国際指名手配が高値で取引されるのは、此処に手柄をあげたい鷺裁の輩と、その鷺裁と有利な条件での交渉を望む輩が居るからです。そこに口を挟むとなれば、それ相応の覚悟が必要になります」
利害のみを判断の基準にしてきたきらいのあるリゼが、害しか齎さないエナの落札に二の足を踏むのは当然だ。

