緋色の暗殺者 The Best BondS-4

「だああっ! あんたじゃないっ!」
「だってジストさんに向かって言ったじゃない」
 襟ぐりと手首にラクーンのファーがついた王子様的ラム革トレンチコート――普通の人間ならまず似合わない――に包まれ、実際不覚にも、あったかいなと思ってしまったエナであるが、此処で許容するといくらでもつけ上がるのは目に見えている。
 ただでさえ目に余る近頃のセクハラ激化に拍車をかけることを許しはしまい。
「空気を読め! 調子に乗んな!」
 エナは思いっきりレバーに拳をめり込ませた。
「……容赦無いね……さすがエナちゃん」
 うずくまってそう呻きながらも親指をぐっと立てるジストの頭からラファエルを抱え上げて抱きしめるも、全身を襲う寒さは如何ともし難い。
 その寒さに悔しさすら感じてエナは悔しさ紛れにラファエルの耳を噛む。
 当然ラファエルは「うにゃあ」と抵抗を見せ、エナの腕から抜け出した。
「ああっ! ラフごめんって! もうしない!」
 だから抱かせてと騒ぐエナに、なにやってんだよ、とゼルは自身の上着をエナに向けて放った。
「それ着とけよ。オレ寒くねェし」
 白のダウンジャケットを受け取ったエナの顔といったら。
 エナはまるで神でも見たかのような眼差しをゼルに向けた。
 「体温調節バカに万歳! あんた最高!」
「……ケンカ売ってんのか、テメェは」
 眼差しと言葉が少々噛み合っていないエナの手から、神からの恵み物である上着が奪われる。
 ゼルかと思いきや、それは高級コートを身に纏った者の手――ジストだった。
「こんな奴の着るくらいなら俺が貸す。そしてこれは俺が着る」
 そう言ってコートを脱ぎ始めるジストをエナは慌てて押しとどめた。
「や、そんなイカツいの明らか似合わないし、絶対引きずるから!」
 それからしばらく、そんなの関係あるか、だの、あんたもダウンてキャラじゃないから、だのという押し問答が続けられたが、結局エナはゼルの上着に袖を通し、そして余りにも見た目が寒いゼルの首にはエナのニットマフラーが巻きつけられた。
 それに関してもジストは当然文句を垂れたわけだが、結局はエナの拳を受けて沈黙した。