緋色の暗殺者 The Best BondS-4

「いったい、何があったンだ」
 目に見えて大きな外傷は無い。
 だが実際に彼女は意識を失っている。
「薬……で眠らされているにしては顔色が悪すぎます。殴られでもして昏倒したと考えるのが妥当です……が」
 言葉を切って考え込む仕草をしたリゼの次の言葉にゼルは脱力することになる。
「にしても和装とは……。私の好みを的確に突いてきますね」
「アンタ、実は頭のネジ相当ゆるいんじゃねェの」
 ジストにしてもリゼにしても、常に余裕があるといえば聞こえはいいが、もうすこし周囲の感情の機微を汲み取る努力をしてくれてもいいはずだ。
 苛立つゼルの前でその努力の欠片もする気が無いに違いない男は、くすくすと品良く笑う。
「こういう時ほど、笑わなければならないんですよ」
 焦れた眼のゼルが見ている前で、リゼは笑みを引っ込めた。
 そして真摯な眼差しで意識のないエナを見遣る。
「……状況を見誤らない為にも」
 ゼルは息を呑んだ。
 彼は先程も似たようなことを口にしていた。
 差し迫ったときこそ冷静に、とかなんとか。
「難しいこと言ってくれるぜ、ったくよォ」
 息を一つ吐き、ゼルは無理矢理笑みを浮かべた。
 口が裂けても演技がうまいとは言えないその口許はぎこちなく固い。
 だがそんな大根役者ぶりにもリゼは上出来です、と言った。
 エナを懸けた競りを前に、ゼルは自身の意識が昂揚していくのを感じていた。
 現状が如何なるものでも、再会に伴う安堵は彼を確実に強くするのだ。
「百ガルカ」
 エナの競りが始まってまず最初に入札したのは、深いほうれい線から察するに五十代半ばであろう男だった。
「二百」
 次に入札したのは、腰あたりまでの艶やかな紫紺の髪が特徴の若い女。この面々で唯一の女性だ。
 そうとわかったのは蠱惑的な真っ赤な口紅と外套の上からでもわかる胸の膨らみ故。ジストがこの場に居れば口笛の一つでも鳴らしていただろう。
 その二人の競り合いが続いていく中でゼルは堪らずリゼに声をかけた。
「なァ、なんで何も言わねンだよ。このままじゃアイツ……」
「それはそうなんですけどね」
 言いながらも煮え切らない態度のリゼの次の言葉をゼルは根気強く待った。
 思考を許された時間は限られている。いくら笑顔を繕っていても刻一刻と迫るタイムリミットに焦る気持ちは際限なく膨らんでいく。