緋色の暗殺者 The Best BondS-4



 リゼの手元に配られた出品一覧表にはエナの名前も、それらしい人物も居なかった。というより、人間の出品そのものが無かった。
 ミルハの石、巌龍の水墨画、古代地図の破片等々。
 見るものが見れば垂涎の品なのかもしれないが、ゼルには到底理解できないものばかりだ。
 リゼが座る椅子の斜め後ろで直立した状態で、一覧表を覗き見ていたゼルが、ほっと胸を撫で下ろそうとした時。
「目に見えて安心するのはやめてくださいね」
 一覧表から視線をあげることなく投げられたリゼの言葉にぎょっとして、その頭部に第三の目を探す。勿論そんなものがあるわけないのだが。
「……おう」
 極めて小さく短く応える。
 オークション会場は待合室の奥にあった扉を一枚隔てただけの場所にあった。
 部屋の中心に商品が昇降する円柱の硝子カプセルがあり、それを取り囲むように各参加者ごとに硝子で仕切られたオークションブースがある。
 全てが硝子張り――つまり、他の参加者から一挙手一投足見られているということなのだ。
 設置されたマイクを通した時にしか互いの声は聞こえないが、リゼ曰く読唇術は貴族の嗜みの一つらしく、会話はほぼつつぬけになっていると思った方がいいらしい。
 だからリゼも一覧表を見る振りをして、ずっと俯いているし、話す時も振り返ったりしないのだ。
 顔の上部だけとはいえ面もつけ、外套も羽織っているのに、何をそこまで隠す必要があるのかと疑問をぶつけたところ、政府、財政の中枢を担う人間達の間には色々と大人の事情とやらがあるのだそうで、何がきっかけで弱みを握られ失脚するかわからないのだという。
 めんどくせェ世界だな、というのがゼルの率直な感想だ。
 探ったり疑ったり騙したり、隠したり繕ったり。正直を美徳としたゼルの家庭環境からは考えられぬことだ。
 決して裕福とはいえない家の為にゼルやゼルの母が金の工面に奔走したのは一度や二度ではなかった。
 けれど、湯水のように金を使えても嘘や策で塗り固められたリゼの生活を考えるとゼルは心底平民で良かったと思った。
 因みにゼルの故郷では水は貴重だったので、湯水のように、という比喩は全くもって正しくない。
 昔は何故そのような比喩があるのか疑問を覚えたものだが、清流の近くで育ったらしいエナを見ていて得心がいった。
 勿論、この街だってそうだ。