思い通りにならない自身の気持ちを振り払うようにエナは障子を勢いよく開け放った。
「……!?」
今まで幾つも通ってきた、こじんまりとした部屋だったが、その部屋はあまりにも他とは雰囲気が違った。
棚におさめられたいくつかの冊子。台の上に置かれ、乾ききっている筆と硯。畳にぶちまけられた墨汁、えぐられたような壁、千切れたお札、投げつけられたのか部屋の隅でひっくり返っている髪箱。そして、梁からぶら下がる、先端が円に結ばれた縄。
「――……っ!」
誰かの存在。克明で激し過ぎるその命の残り香。
心臓を直接わしづかみされたような気になる。
――気分、悪……っ。
突如襲った吐き気にエナは手の甲を口に押し当てた。
部屋に染み付いている誰かの感情が肌から侵入してくる感覚。
例えばこの部屋に溢れる感情が明確に恨みの形をとっていたとしたら、それだけで気が狂ってしまうだろう。そう思う程、そこに在る命の残滓は強烈だった。
うまく呼吸が出来ない。無意味に大きく脈打つ鼓動。
第六感が、侵される。
そう、それはあの男を見た時に覚えた感覚と、とても良く似ていた。
「……立、ち止まるな……っ」
エナは声に出して足を踏み入れた。
自身を鼓舞しなければ、目に見えないものに押し戻されてしまいそうだった。
けれど戻るわけにはいかない。きっと、出口はこの先なのだ。
その部屋に明かりはなかった。
だというのに部屋の様子を鮮明に見ることが出来たのは、部屋の奥の障子の向こうが、異様に明るかったからだ。
仄暗く、妖艶な陰影を作り出している燈籠の明かりとは違う。
もっと白く煌々としている。
あれは、太陽光だ。
そして。
「……水の音」
耳を澄ませば人の話し声と共に、さらさらと動いている水の音がする。
「まったく、なんだってんだ。金があるなら整備しろってんだ。商品が汚れていけねぇや」
「滅多なことを言うな。何処に耳があるかわかったもんじゃねぇ」
「大丈夫だろ。お偉方は、アンダーグラウンドのことなんか知りもしねえのさ。高いところが好きだからな。その足が何を踏んでいるかなんて興味ないんだろうよ」
普段聞くならば、なんてことない愚痴だ。
けれど今はその音がたわんで聞こえる。音が伸縮する、といえば正しく伝わるだろうか。
身体的か精神的なものかはわからないが、三半器官が異常をきたしている。
「……!?」
今まで幾つも通ってきた、こじんまりとした部屋だったが、その部屋はあまりにも他とは雰囲気が違った。
棚におさめられたいくつかの冊子。台の上に置かれ、乾ききっている筆と硯。畳にぶちまけられた墨汁、えぐられたような壁、千切れたお札、投げつけられたのか部屋の隅でひっくり返っている髪箱。そして、梁からぶら下がる、先端が円に結ばれた縄。
「――……っ!」
誰かの存在。克明で激し過ぎるその命の残り香。
心臓を直接わしづかみされたような気になる。
――気分、悪……っ。
突如襲った吐き気にエナは手の甲を口に押し当てた。
部屋に染み付いている誰かの感情が肌から侵入してくる感覚。
例えばこの部屋に溢れる感情が明確に恨みの形をとっていたとしたら、それだけで気が狂ってしまうだろう。そう思う程、そこに在る命の残滓は強烈だった。
うまく呼吸が出来ない。無意味に大きく脈打つ鼓動。
第六感が、侵される。
そう、それはあの男を見た時に覚えた感覚と、とても良く似ていた。
「……立、ち止まるな……っ」
エナは声に出して足を踏み入れた。
自身を鼓舞しなければ、目に見えないものに押し戻されてしまいそうだった。
けれど戻るわけにはいかない。きっと、出口はこの先なのだ。
その部屋に明かりはなかった。
だというのに部屋の様子を鮮明に見ることが出来たのは、部屋の奥の障子の向こうが、異様に明るかったからだ。
仄暗く、妖艶な陰影を作り出している燈籠の明かりとは違う。
もっと白く煌々としている。
あれは、太陽光だ。
そして。
「……水の音」
耳を澄ませば人の話し声と共に、さらさらと動いている水の音がする。
「まったく、なんだってんだ。金があるなら整備しろってんだ。商品が汚れていけねぇや」
「滅多なことを言うな。何処に耳があるかわかったもんじゃねぇ」
「大丈夫だろ。お偉方は、アンダーグラウンドのことなんか知りもしねえのさ。高いところが好きだからな。その足が何を踏んでいるかなんて興味ないんだろうよ」
普段聞くならば、なんてことない愚痴だ。
けれど今はその音がたわんで聞こえる。音が伸縮する、といえば正しく伝わるだろうか。
身体的か精神的なものかはわからないが、三半器官が異常をきたしている。

