日中、程よい気候の中で車を飛ばしてきたエナ達の服装は薄着で、ゼルも勿論腕が丸出しという出で立ちである。
 どれほど暖かく見積もっても十度以下であるプレタミューズ内の気温でその格好は明らかに浮いている。
 にも、関わらず、ゼルは寒さなど微塵も感じていないようだ。
 体内の温度調節機能も筋肉で出来ているのでは、と真剣に考えてしまったエナである。
「はしゃぎすぎて迷子になっても知りませんよ」
 既に自身の髪色と同じのカシミヤのロングコートを上品に羽織り手袋まで装着したリゼは、苦笑しながらゼルに声を投げる。
 つい最近ゼルはリゼの屋敷の裏山で遭難した。
 エナの暇潰しに付き合わされた結果なのだが、一キロ未満の距離で三日も行方知れずになれる驚異の方向音痴ぶりを知れば誰だって釘をさすというものだ。
 提言したリゼに、ジストはにっこりと笑顔を作った。
「迷子になってそのままどっか行っちゃえばいいのに。ゼルもお前も」
 ここまでさらりと負の願望を口に出来る人間は稀ではないだろうか。
 そして何故かこういった類の言葉には時差は発生しないらしい。
「聞こえてンぞ、セクハラ野郎」
「だぁからそれは愛情表現だって言ってるでしょ」
 やぁだねぇ馬鹿は物覚えが悪くて、と手をひらひらと振るジストをエナは思いっきり押し退けた。
「ゼル! 上着っ!!」
 ゼルが聞いている今がチャンスというのもあったが、セクハラを正当化しようとする――そもそも罪悪感の欠片も見当たらないが――ジストへの制裁の意味合いの方が強かった。
 ようやくエナの訴えを聞き入れたゼルは荷物の中をごそごそと探った、が。
「エナ……オマエ、上着持ってなくね?」
「んなわけないじゃ……ああっ! 車ん中、置いてきたかも!」
 寒くなるかもしれない、と荷物から防寒着を出していたことを思い出す。
 このプレタミューズ。一度出ると再入場は不可ときている。
 もう一度入る為には、また莫大な入場料が取られるのだ。
 貧乏人は来るなという意思表示なのだろう。
「こっちおいで!」
 眺めがいいからなのか、最近ジストの頭の上を定位置にしているラファエルへと両手を伸ばす。
 少しでも暖を取ろうという作戦だが、両手を広げたエナに抱きつくのは勿論、この男。