緋色の暗殺者 The Best BondS-4

「ダルシェウルはともかく、此処に所属する他の貴族は良くも悪くも保守的で懐古的ですからね。歴史や名前なんてものに権力を感じ、長い物には巻かれたがります」
「ンな説明されたってわかるかよ。オレにもわかるように言ってくれ」
 聞き慣れない言葉や慣用句を使って説明されたって、出来るのはせいぜい推測くらいのもので本当のところまでは手が届かない。
 リゼは顔をしかめたが、やがて観念したかのように嫌味ったらしく息を吐いた。
「つまり、彼女は既に彼らの手元には居ないんじゃないでしょうか。だから会わせて貰えなかったのではないか、と」
 他に買い手がついたならともかく、まともな理由も告げず会わせられないの一点張りはどう考えてもおかしい、とリゼは言った。
「……自力で逃げた……?」
 呟けば胃のあたりが熱を持つ。
 喉に言いようのない衝動を感じる。
――……また、だ。
 昂揚にも焦燥にも似た熱。
 喜びにも怒りにも似た其れ。
 巡る熱が苦しくてゼルは胸部に手を充てた。
「その可能性もあるという話です。……どうかしました?」
 視力は低いくせに目敏いリゼがその仕草に気付いて首を傾げた。
「……いや……」
 走り出したくなるような、雄叫びをあげたくなるようなこの胸の内をどう言葉にして良いのか分からず、ゼルは曖昧に言葉を濁して衝動に突き動かされるまま立ち上がり扉へと向かう。
「ゼル?」
 何処へ行くのかという問いが隠された呼びかけに扉のノブに手をかけながら答える。
「もうアイツは居ねェかもしれねンだろ? オークションにはアンタ一人で参加してくれ。オレはアイツを捜す」
 ひょろりとした見た目ほどリゼが弱くないのは知っている。
 生半な護衛なら必要としないだけの力を彼は持っているのだ。
「無理ですよ」
 扉を引くと同時に発せられた言葉にゼルは振り返ろうとして動きを止めた。
 がちゃり、と音がしただけで扉はびくともしなかったのだ。
「……開かねェぞ」
「そうですね、だから無理だと言ったでしょう? オークション開始まであと四半刻を切りました。終わるまで出られません」
「知ってたなら先に言っとけよ」
 その情報を共有できていたなら、取る行動も変わっていたに違いない。
 渋面で文句を述べると、リゼは大仰に驚いた素振りをした。それは「何を言っているんですか」という声が聞こえてきそうな仕種だった。