緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 だがしかし、リゼは実にあっけらかんと。
「会わせてもらえませんでした」
「……は? いや、だってアンタそれくらいなら大丈夫だって……」
「ええ。ですが、無理でした」
 余りにもあっさりとした返答にゼルは言葉を詰める。
 そんなゼルを尻目にリゼは豪華なソファーに優雅に腰掛け、足を組んだ。
 その仕種も光景も、まるで一枚の絵のように似合っている。だがこの期に及んでの行動としては不釣り合いだ。
 もう少し、しおらしく謙虚な振る舞いをしてくれればこちらの心証も少しは違うというのに。勿論、それで何か事態が変わるわけではないけれど。
 頭痛を覚えながらゼルは自身の額を人差し指で何度か叩く。
「っつーことは……?」
「出品されたエナさんを競り落とすしかないということですね」
 くらりと眩暈がして、ゼルも脱力感のままにソファーに身を沈めた。
 五人掛けかそれ以上の広さがあるソファーは男二人が座ってもまだまだ余裕があり、寝転んでこのまま夢の中へ行ってしまいたいという思いに駆られる。
「踏んだり蹴ったり、とか言うんだろォな、こーゆーの」
 背もたれに頭を乗せて天井を仰ぐ。
「泣きっ面に蜂、とも言いますね」
「冷静に言うんじゃねェよ」
 あ、普通に突っ込めた、などと高い天井に描かれた花を見ながら現実逃避紛いのことを考える。
 為す術がなくなり、一気に力が抜けてしまった。
 共に戦いたいと思うのに、同じ場所に立つことさえままならない。
「ところで、ふと思ったのですが……」
 不意に鼓膜を揺らした声に引きずられるように瞳だけが動いた。
 だが、意識をそのまま向けていることも億劫で、また天井を見る。
「本当にエナさんは……捕まったままなのでしょうか?」
 天井を見たまま、ゼルは目をしばたいた。
「……どういうことだよ? それ」
 背もたれから上半身を剥がしてリゼを見る。
 彼はちらりとゼルを見てから、また前を向いた。
「いえね、エナさんと会わせて貰えなかったでしょう? それがどうも腑に落ちないんですよね。いくら私が後継ぎとして未熟だと思われていたとしても、ハリスグラン家にも連なる私のささやかな願いをああも突っぱねるなんて正気の沙汰じゃありませんよ」
「……そういうもんなンか?」
 顎に手をあてて考え込む様子のリゼに、ゼルは首を傾げる。
 貴族同士の慣例や常識など、これっぽっちも知らない。