苦虫を噛み潰すような顔でやり過ごしていると、リゼが「おや?」と眉をあげた。
「能天気な貴方にしては、辛気臭い顔をしてますね」
 今までかつて能天気だった記憶など欠片も無いのだが、反論してまたまくし立てられても嫌なので、ゼルは「まぁな」と相槌を打った。なんせこの男との会話の相性がとことん悪いのは立証済みである。
 実際は相性云々以前に互いの間にある距離がそうさせているのだが、ゼルが本領発揮出来ないことには変わりない。
「あいつの出品解除は出来ねェ、あの男も行方不明なまま、おまけに目的の書物も手に入れられねェってなりゃあ辛気臭ェ顔にもなンだろ」
「それは暗に、私が愚鈍だと言いたいのですか?」
 ぎらりと恐ろしく光る目にゼルは正直に息を吐いた。嘆息、である。
「いや、別にそうは言ってねェだろ」
「そうですよね、私は愚鈍ではありません。その証拠に、書物が現在誰の手にあるかまではわかりました。ついでに言えば先ほど――私たちと一足違いで元の所有者から買い取ったばかりらしいですよ。続けざまにあの本を欲しがったものですから、あの盆暗に散々質問攻めをうけました。ですからまあ私は笑顔で宝の持ち腐れですねと……」
「ちょちょちょぉい!! ストップ!! わかった! その辺の愚痴とか文句は後で聞っから!!」
 つらつらと言葉を並べるリゼを放っておいたら、どうしても愚痴の方向へと突っ走って行く。しかも帰って来る気配も見えないとなれば、無理矢理にでもその言葉を止めるしかない。
 ただ、そのために「愚痴なら後で聞く」と言ってしまったのは失敗だっただろう、とゼルは心中で自分の口を責め、その【愚痴聞かされ大会】には是非エナも招待してやろうと誓った。
 そうそういつも自分だけが貧乏くじを引いてなるものか。
「買い取った奴がわかって、しかも一足違いなら、まだここら辺に居ンだろ? そいつ見つけて交渉すりゃいいんじゃ……」
 我ながら正論で名案だと思ったのだが、リゼは首を横に振る。
 表情で「どうして駄目なんだ」と問うと、リゼは瞳だけでぐるりと部屋を見渡した後、ずいと顔を近付けて声を潜めた。
「ダルシェウルという国をご存知ですか」
 大事な話が始まったのだろうということは彼の声音から読み取れたのだが、全く聞き覚えのない国名にゼルは片眉を引き上げた。