「……どうだかな。そう上手く事が運ぶとは思えないが」
 胸騒ぎに似た不快感が拭えないまま男は憮然と言葉を零した。
 例の件――その成功。
 それは男が唯一手にすることが出来た小さな幸せを護ることと同義語だった。
 だからこそ亡霊の存在が気にかかる。
 欲したもの全てを奪っていく、あの亡霊が。
「えらく慎重なことだ。何か、心配事でもあるのか」
 心配事と一口に言えるほど生易しいものではない。また確かなものでもない。だからこそ、厄介なのだ。
 青年の探るような視線に男は唇の端だけの笑みで返した。
「さてな。……だが、そうだな。憂いは無いにこしたことはないな」
 言いながら、男は心中で手段を講じる。
 自身の損益が絡むと目の色を変える青年を上手く利用する為に。
 相手に興味を抱かせるならば、情報は簡潔に小出しにするのが良い。
――だが、まずは。
 人を食う笑顔を張り付けて男は手にしていた盃を軽く掲げた。
「まあ、乾杯といこうじゃないか」
 己で片目を刳(ク)り抜く程に嫌悪した色彩に狂気と妄執を滲ませて男はパンドラの箱に手を伸ばす。
 例え世界に災厄が蔓延(ハビコ)り全人類が絶望に囚われようと、この手にさえ最後の希望が残るのならばそれで良いと。
 鬼が出るか仏が出るか。
 中身を透かし見ることが出来ないからこそ、パンドラの箱は魅力的に映るのだ……――。