障子の外を伺う少年の肩越しからエナがひょこりと顔を出す。
「なに、どうし……」
「さっきの人が仲間を呼んだんだ。たぶん、足音からして五人」
目線を動かさないまま遮って答える。
「……」
その返事がなかなか訪れないことに、不遜な言い方だっただろうかとエナを見ると彼女は耳を澄ます仕種をしていた。
「……聞こえるんだ?」
彼女にはどうやら聞こえないらしい。人間ではないことを敢えて露呈してしまったことに、しまった、と思う。
狼という血族に誇りなど持てない少年は、やはり人間らしく在りたかったのだ。特にエナと――厚意を持った人間と同じでありたいという意識が強かった。
「ふーん、便利だね。じゃ、大丈夫かな」
立ち上がったエナは両手を頭上に持ち上げて伸びをする。
「大丈夫って……? とにかくしゃがんでよ」
障子に影が映るから、と裾を引っ張る。
エナは目に力を込めたまま目を細めた。
何か覚悟をしたような笑みに不安が広がる。
近づいたと思った距離が急速に遠のく気がした。
「一人で、逃げれるね?」
出た言葉にやっぱり、と思う。
「……お姉ちゃんは?」
突き放されたと思ったわけではない。
彼女がそう言うならきっと、その理由があるはずだというのはわかった。けれど心細さから聞いてしまう。
「運動、してく」
囮になる、とそう聞こえた。
「駄目だよ、そんな……」
危ないよ、と縋るように言うと、エナはおどけるように瞳をぐるりと回した。
「鞄、取られたまんまだし?」
後付だとわかる理由に、だから食い下がる。
「なら僕も一緒に行くよ。耳だっていいし、鼻だってきくからきっと役に立……」
口早にまくし立てているとエナの鋭い声がそれを制した。
「駄目」
「……どうしてっ!?」
大きくなってしまった声に慌てて口を塞ぐ。その様子にくすりと笑ったエナはその表情のまま穏やかに、告げた。
「……いざというとき、あたしはキミ、守れない」
まただ、と思う。
覚悟と共に、得体の知れない深い悲しみ。否、苦しみか。
底冷えしそうな蒼い炎が脳をちらつく。
守れなかった過去が、彼女にはあるのかもしれない。
もしくは、ゆるぎない意志こそが彼女を傷付けているのかもしれない。
「なに、どうし……」
「さっきの人が仲間を呼んだんだ。たぶん、足音からして五人」
目線を動かさないまま遮って答える。
「……」
その返事がなかなか訪れないことに、不遜な言い方だっただろうかとエナを見ると彼女は耳を澄ます仕種をしていた。
「……聞こえるんだ?」
彼女にはどうやら聞こえないらしい。人間ではないことを敢えて露呈してしまったことに、しまった、と思う。
狼という血族に誇りなど持てない少年は、やはり人間らしく在りたかったのだ。特にエナと――厚意を持った人間と同じでありたいという意識が強かった。
「ふーん、便利だね。じゃ、大丈夫かな」
立ち上がったエナは両手を頭上に持ち上げて伸びをする。
「大丈夫って……? とにかくしゃがんでよ」
障子に影が映るから、と裾を引っ張る。
エナは目に力を込めたまま目を細めた。
何か覚悟をしたような笑みに不安が広がる。
近づいたと思った距離が急速に遠のく気がした。
「一人で、逃げれるね?」
出た言葉にやっぱり、と思う。
「……お姉ちゃんは?」
突き放されたと思ったわけではない。
彼女がそう言うならきっと、その理由があるはずだというのはわかった。けれど心細さから聞いてしまう。
「運動、してく」
囮になる、とそう聞こえた。
「駄目だよ、そんな……」
危ないよ、と縋るように言うと、エナはおどけるように瞳をぐるりと回した。
「鞄、取られたまんまだし?」
後付だとわかる理由に、だから食い下がる。
「なら僕も一緒に行くよ。耳だっていいし、鼻だってきくからきっと役に立……」
口早にまくし立てているとエナの鋭い声がそれを制した。
「駄目」
「……どうしてっ!?」
大きくなってしまった声に慌てて口を塞ぐ。その様子にくすりと笑ったエナはその表情のまま穏やかに、告げた。
「……いざというとき、あたしはキミ、守れない」
まただ、と思う。
覚悟と共に、得体の知れない深い悲しみ。否、苦しみか。
底冷えしそうな蒼い炎が脳をちらつく。
守れなかった過去が、彼女にはあるのかもしれない。
もしくは、ゆるぎない意志こそが彼女を傷付けているのかもしれない。

