「……狼族の生き残りらしいんだ、僕」
「……狼?」
まじまじと凝視され、少年は視線を逸らした。
彼女なら言ってくれるかもしれないと思った。
キミはキミでしょ、と。
けれど彼女に憧れを抱いたからこそ、その反応が望んでいないものだったらと思うと途端に怖くなったのだ。
言うべきじゃなかったかもしれないと後悔しそうになったが、ややあって彼女の口から出た言葉は「へぇ。わかんないもんなんだね」という望んだ反応でもなければ、危惧した其れでもないものだった。
「嘘だって、思わないの?」
「嘘なの?」
きょとんとした表情に、こちらが面食らう。
「嘘じゃないけど……信じないよ、普通」
「じゃあ、普通じゃなくていい」
吐き捨てるというのとはまた違うが、それは語尾まで丁寧に紡がれる言い方ではなかった。
例えるなら、戯れに鞠を空に向かって投げるような。
「……僕が、怖くないの?」
人間を食べたいと思うのに。そう続ければ、エナは笑んだ。
「どうかな」
言いながらも、その目は優しく真っ直ぐで、手はそのまま其処にある。
彼女は自らが望む耳触りの良い言葉を与えてはくれない。
けれどその目、その手以上に雄弁に語るものなど無い気がして、少年は今度こそしっかりとその手を握った。
「DH-WT02」
立ち上がり様に告げる。
彼女になら、言ってもいい。
「は?」
「被験者ナンバーで、僕の名前」
子ども心ついた時から呼ばれ続けた其れが、他の人が持つ名前と似て非なるものであることを知っていたから、言いたくなかった。
最初に彼女に名を尋ねられた時も、名乗れる名があることを当然だと思っているエナに腹が立った。
けれど彼女ならば、それを聞いても憐れんだり、ましてや蔑んだりはしないと思えた、だから。
「DH-WT02」
もう一度繰り返す少年にエナは目を瞬いた後、苦笑した。
「……呼びにくい」
見せてくれた笑顔と胸に染みるほどの温かさに目頭が熱くなったのも束の間。
感動している場合ではないことを鼻と耳が告げる。
幾人かの匂いと足音が近付いていることを察した少年はエナの手を引いた。
「お姉ちゃん、こっち!」
「え、あ、わっ」
今や気を失っている男が元々居た部屋へと引き込む。
エナが前を行く少年の錘に躓きそうになって短い声をあげたが彼は手を繋いだまま、箪笥の陰に身を隠した。
「……狼?」
まじまじと凝視され、少年は視線を逸らした。
彼女なら言ってくれるかもしれないと思った。
キミはキミでしょ、と。
けれど彼女に憧れを抱いたからこそ、その反応が望んでいないものだったらと思うと途端に怖くなったのだ。
言うべきじゃなかったかもしれないと後悔しそうになったが、ややあって彼女の口から出た言葉は「へぇ。わかんないもんなんだね」という望んだ反応でもなければ、危惧した其れでもないものだった。
「嘘だって、思わないの?」
「嘘なの?」
きょとんとした表情に、こちらが面食らう。
「嘘じゃないけど……信じないよ、普通」
「じゃあ、普通じゃなくていい」
吐き捨てるというのとはまた違うが、それは語尾まで丁寧に紡がれる言い方ではなかった。
例えるなら、戯れに鞠を空に向かって投げるような。
「……僕が、怖くないの?」
人間を食べたいと思うのに。そう続ければ、エナは笑んだ。
「どうかな」
言いながらも、その目は優しく真っ直ぐで、手はそのまま其処にある。
彼女は自らが望む耳触りの良い言葉を与えてはくれない。
けれどその目、その手以上に雄弁に語るものなど無い気がして、少年は今度こそしっかりとその手を握った。
「DH-WT02」
立ち上がり様に告げる。
彼女になら、言ってもいい。
「は?」
「被験者ナンバーで、僕の名前」
子ども心ついた時から呼ばれ続けた其れが、他の人が持つ名前と似て非なるものであることを知っていたから、言いたくなかった。
最初に彼女に名を尋ねられた時も、名乗れる名があることを当然だと思っているエナに腹が立った。
けれど彼女ならば、それを聞いても憐れんだり、ましてや蔑んだりはしないと思えた、だから。
「DH-WT02」
もう一度繰り返す少年にエナは目を瞬いた後、苦笑した。
「……呼びにくい」
見せてくれた笑顔と胸に染みるほどの温かさに目頭が熱くなったのも束の間。
感動している場合ではないことを鼻と耳が告げる。
幾人かの匂いと足音が近付いていることを察した少年はエナの手を引いた。
「お姉ちゃん、こっち!」
「え、あ、わっ」
今や気を失っている男が元々居た部屋へと引き込む。
エナが前を行く少年の錘に躓きそうになって短い声をあげたが彼は手を繋いだまま、箪笥の陰に身を隠した。

