緋色の暗殺者 The Best BondS-4

――お姉、ちゃ……?
 それでもまだ俄かには信じられずにいた少年は恐る恐る目を開けた。
 目を開けた時にまず視界に飛び込んできたのは、目と鼻の先に落ちてきた鉄球だった。
 彼女が動くなと言った意味を良く理解しながら顔を上げた先には蝶々柄の着物の裾を羽ばたかせて着地した彼女が居た。
 不敵に弧を描いた唇、色の違う一対の瞳。現実のものだと知覚しただけで安心が広がり、喉の奥に熱いものが込み上げる。
「――なに、その変な顔」
 泣きそうになっている顔を変な顔とは失礼極まりないが、吹き出したエナの笑顔を見たら余計に泣けてきて、それを隠す為に少年は身体を起こしながら目尻に浮かぶ涙を拭った。
「お姉ちゃん……」
「ん?」
 助けに来てくれた。声には出せなかった助けに、応えてくれた。
 嬉しくて仕方なかったのだけれど、今お礼を言えば涙が止まらなくなりそうで、少年は敢えて話を逸らした。
「お姉ちゃん……やり過ぎだよ」
 先程まで自身にのしかかっていた男が吹っ飛んだ方向を見る。
 障子が真っ二つに割れて部屋の内側へと倒れ込んでいる。
 障子の木片を身体に浴びた男はぴくりとも動かない。
「ああ、割り増し、したから」
 あたしの背中、蹴った奴でしょこいつ、とエナは男を顎で示した。
 確かにエナの背中を蹴った男だったような気もするが、あの時の彼女は目隠しをされていた状態だったはずだ。
 お姉ちゃんも鼻がいいのかな、と考えていた少年の目の前に華奢な手が、にゅっと伸びてきた。
「いつまで座ってんの」
 既視感の中、少年はそれを見つめた。先程は取れなかった、憧れの象徴。
「……こんな僕に……まだ手を差し延べてくれるの?」
 彼女は、片眉をあげて目をしばたいた。何を言っているんだ、という思いが表情で伝わってくる。
「動こうとする人間を助けたくなるの、当然でしょ?」
 ほら早く、と彼女は手をひらひらと動かした。
 三度もその手を拒んだのに彼女はたやすく四度目をくれる。
 けれど、自分から動かねば決して届かない距離を保って。
 それがこんな存在をも尊重してくれている証のように思えた。
「……僕、人間じゃないよ」
「ああ、そうだっけ」
 お互い化け物だもんね、というエナに少年は首を横に振った。
 彼女は化け物だということを比喩だと思っている。
 けれど、比喩などではない。真実なのだ。