緋色の暗殺者 The Best BondS-4

 踏み出した先は妖艶な桃色の光が支配する回廊。
 此処に連れてこられる時も同じ道を通って来たはずだというのに、見える景色は大きく違っていた。
 流れていく景色から自身が存在する景色へと。
 全ての色が鮮明に意味を持って目に飛び込む。
 余り高くない天井、灯る燈篭の油の匂い、障子の糊の匂いに丁寧に削られた木が放つ独特の香り。その中に紛れる彼女の甘い残り香を少年ははっきりと感じ取った。
 常人を越えた嗅覚が彼女の居場所を告げる。
 行ったり来たりを繰り返しているのか、散らばった香りは濃淡のうねりを描いているが、まだあまり遠くには行っていないようだ。
 少年は鼻をくんくんと鳴らしながらその道筋を辿った。
 彼女ともう一度会うことで全てが始まるのだと無条件に信じていた。
 もう遅いかもしれない。はっきりしなかった自身に彼女は見切りをつけたかもしれない。
 それでも構わないと思った。一目会ってお礼を言って、自分の中で起こった変化を伝えたかった。
 けれど見つけた目下の目標に夢中になりすぎて、彼は気付けなかった。
 それを阻害する存在が近くに迫っていたことに。
 かたん、と音がして目を向ける。
「!!」
 連なる障子の一つが開いていた。それも、真横で。
 立っていたのは少年の倍ほどの体躯をした黒尽くめの男。
 予想だにしない出会い頭にお互いが反応出来ずにしばし時が止まる。
 喉をごくりと鳴らした少年の全身に視線を移した男は、手枷を見て目を瞠った。
「商品か……!?」
 その声を皮切りに脳が急速に動き出す。
――逃げなきゃ!
 伸びてきた丸太のような腕を咄嗟にかわして、少年は走り出した。否、走り出そうとした。
 彼は脱兎の如く姿をくらますことが出来るはずだった。足枷と錘を繋ぐ鎖を踏まれさえしなければ。
「ぅわ……っ!」
 足を踏み出せず行き場をなくした力の反動で身体のバランスが崩れ、尻餅をついてしまう。
「逃がすか!」
 それでもすぐに身を起こして駆け出そうとしたところを、今度は背後からのタックルで阻止される。
 うつ伏せ状態で派手に倒れこんだその背中に体重が掛けられる。
「い、やだ……!」
 圧し掛かられ下で足をばたつかせるが如何ともし難い体格の違いはどうしようもなく、男はびくともしない。