わかっていながらリゼは首を捻り、エナを見上げようとした。
 その頭をもう一度踏みつける。
 車に乗ってる時くらいお洒落するんだと意気込んで履いていた七センチ程のヒールがこめかみにめり込み、リゼは痛みに再度下を向いた。
「ゼル!!」
 ジストの腕から抜け出し、運転席に降り立ったエナの怒声にゼルはオレまで八つ当たりを食らうのかと覚悟しつつエナを見上げた。
「あんたがコッチ座れ!」
 助手席を指し示すのを見てゼルは渋面になった。
 直接顔に風を受けるのが嫌だったのだ。
 目が乾く上に、スピードを出せば呼吸もままならない。
「エナが運転やめて後ろにくればイイんじゃねェの? つか、ラフ、もうそろそろ離してくんねーかな」
 いつまでも指にぶらさがったままの小型犬の姿にゼルは呆れたように声をかけた。
「ココは譲らん!!」
 ゼルの尤もな意見を一蹴し、エナはリゼが体を元に戻すのを見計らって運転席にしっかりと腰を下ろした。
 ラファエルがふわふわの尻尾を振りながらエナの膝に飛び乗り、にゃあと鳴いた。
「誰もそんな席欲しかねーけどよ。ってか、ジストとリゼが横に並んでもどの道ケンカになンだよな……」
 それも至極尤もな意見であったので、エナはうーん、と唸った。
 ジストとリゼが隣同士で座った時の険悪さはエナも知るところだったのだから。
「次、こんなことがありゃあ二人とも捨てるっつーことでいいんじゃね?」
 ゼルのこの言葉が決め手となった。
 それが一番良い方法なのは間違いない。
 本当に容赦なく砂漠のど真ん中に捨てていくからと二人を言い含め、彼らは車を押して道へと戻し、再び次なる目的地、プレタミューズへと向かう。
 赤のオープンカーが風を切る。
 エンジンを唸らせ、浅い色の空の下。
 彼らの旅はいつものように慌ただしく、幕を開けた。