緋色の暗殺者 The Best BondS-4

「価値は、言い値……」
 価値は無い、逃げられない。
 幼い頃から自身に言い聞かせてきた言葉にいつの間にか縛られて、扉が開かれても自分では何も決められない。
 希望を持つと、現実を生きることが辛くなるから。
 諦めて流れに沿って淡々と生きた方が、この心はよっぽど楽だったから。
「これが、僕の縋ってきた免罪符の正体……」
 人間に食欲を覚えるとわかっても、彼女はそれを否定したりしなかった。化け物だと言っても、それが何だと聞き返した。
 それが人生を他人に任せる理由にはならないと、彼女は一つ一つ、殻を壊そうとしてくれていたのに。
――僕の甘さを、見抜いてたんだ。
 強引に手を掴んで欲しかった。
 人に触れられることが怖くて怖くて仕方ない筈なのに、強引に引っ張って無理矢理連れ出して欲しかった。
――こうして僕は、ずっと逃げてきたんだろうか。
 選択を他人に押し付けることで、逃げ道を作っていたのだろうか。
 そんな自身を見抜いたからこそ、彼女はあっさり手を引っ込めたのだ。
「……ううん、違う……」
“キミがそう言うなら、それでもいい”
「……ずっと、僕の意志に任せてくれてたんだ……!」
 行かなきゃ、と少年は強く思った。
「僕……お姉ちゃんにもう一度会わなきゃ……」
 膝に力を込めて立ち上がる。
「お姉ちゃんに、ありがとうって……」
 出ていくのだ、この場所から。壊すのだ、自分を閉じ込めていた心の檻を。この場所以外で生きていけないと思い込んでいた、これまでを壊すのだ。
「ありがとうって……言いたい……!」
 自らの希望を口にすると目頭が熱くなった。
 望むことを口にしていいのだ。
 それは、なんという感動。
「言うんだ……!」
 足についた錘を引きずって、一歩。
 足首は痛んだけれど、真っ赤な足首で飄々と歩き回っていた彼女が住まう世界に近づけた気がして、少年は笑みを浮かべて扉を潜った。
 その目は、揺ぎ無い強さで外に向けられていた。