緋色の暗殺者 The Best BondS-4



――キミがそう言うなら、それでもいい――
 彼女のその言葉は自身が引き出したものだった。
 少年は牢で一人、亀裂の入った鏡を眺め続けていた。
 エナの姿は何処にも無い。
 きっちりと閉められている牢の扉。そこから鉄の錠だけが姿を消していた。
 彼女は出て行った。
 前言通り、扉から堂々と。
「――ここから出よう」
 あのとき彼女のその手に応えなかったのは何故だろう。
「……いいよ、僕は。さっきもそう言ったでしょ」
 そっぽは向いたけれど、意識は彼女の手の行方だけに集中していた。それが何よりの答えだったはずなのに。
 近づいてきた手に少年は気付かないふりをした。
 無視したかったわけではない。
 したかったのは飽く迄も“気付かない振り”。
 だって手を取られた時に跳ねた心臓は確かに喜んでいたのだ。
 彼女は目隠しに使われていた布を、傷つけた手の甲に優しく巻いてくれた。ちらりと目を向けた其れは大層不恰好ではあったけれど。
「いいよ」
 エナがそう言って立ち上がったとき、身体に嫌な予感が走った。
「キミがそう言うなら、それでもいい」
 そして離れていった手。
――見捨てられた。
 そうと知った身体は固まったまま動かなかった。
 待って。本当は僕だって此処に居たいわけじゃない。
 喉の奥で凝った言葉は詰めた息と共に形を失った。
 そしてそれを伝えることが出来ない内に彼女は鍵を開けて――どこからともなくピンが出てきたときは手品かと思った――出て行ってしまった。
「結局、助けてくれないんじゃないか」
 会いたくて来たと言った彼女が、あれ程に本音とわかる言葉で接してくれたから勘違いしていた。
 化け物と知っても変化の無かった眼差しに知らず救いを求めていたのだ。
 だけど残酷な唇は、期待を煽るように紡がれただけで、残酷な手は強引に触れるだけで救ってはくれなかった。
「結局……救わないんじゃないか」
 疑問を投げ掛けておいて、何一つ答えを与えない。
「結局……」
――見て見ぬ振りじゃないか。
 過去を呼び起こすその言葉を一人きりの牢に響かせるのが嫌で少年は口を噤んだ。
 少年は生まれたその瞬間から【そこ】に居た。
 【そこ】は人間が生きていくには余りに狭い檻だった。
 捕らえるための場所ではなく、監視するための場所だったと、【そこ】を出た今ならばわかる。